シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

世界は三角形で出来ている(苛々したい夜に)

 
“苛々した視点で世界を眺めたいと思っていると表明しているけれども、ピラミッドの天辺で法悦のひとときを過ごしたいという願望を隠しきれない、ツンツンデレデレしている諸氏にこの駄文を捧ぐ”
 
 
 はじめに差異ありき。
 宇宙の開闢以来、原核生物の誕生以来、ホモ・サピエンスの発生以来。
 人は差異からまず、ピラミッドを創った。
 おお、愚かな人間達。
 
 ピラミッドはあらゆる領域に、あらゆるニッチに、あらゆる集団に生じている。ピラミッドの無限連鎖と無限交差は、暴力的・経済的・学問的・文化的な全ての次元の領域において最もミクロな集団から最もマクロな集団に至るまで序列を形成・確認し、人間達を縛り付ける。曰くあいつは俺より馬鹿だ、曰く彼女は私より不潔だ、曰く彼は僕より歳が若いetc…。
 
 娑婆に住む我利我利亡者な人々は、自らが所属するピラミッドのうち視認可能などこかの領域で、何とか上位に位置することを熱望する。全ての領域でピラミッドの上位に属することは望むべくも無い現実のなかで、出来るだけ望ましいピラミッドにおいて出来るだけ望ましいステータスを得ようとする。しかし実際のところの僕達は、いかに大きなピラミッドの上位に立つのかよりも、いかにピラミッドの上位に立つ気分が維持できるかのほうに動機付けられがちであり、いわゆる小さなお山の大将や“大した役にも立たないピラミッドの上位”に位置することにも執心する。「小さなニッチのなかでアドバンテージを確保する」という意味では適応促進的なこうした営為も、ときに視野を狭めたり選択肢を刈り込んだりする要因となってしまう可能性を秘めており、度が過ぎれば本人に災厄をもたらすことになるだろう。とりわけ、劣等感ゲームとも言われる負のピラミッド構造は、そこに拘泥する人達を(任意の分野において)劣位固定することになってしまいがちである。
 
 インターネットもまた、ピラミッドを巡る悲喜劇を生み出してきた。mixiユーザーの足跡数やはてなブックマークの勘定といったミクロなレベルのピラミッドから、マイクロソフトやグーグルといったマクロなレベルのピラミッドまで、娑婆世界の延長線上としてのインターネット世界にも多種多様なヒエラルキーが認識可能であり、実利益のレベルのみならず自意識のレベルにおいても人々の心をがっちり掴んで離さない。
 
 誰が一番高い所にいるのか?“真実をより多く知っている”のは僕なのかキミなのか?どのウェブサイトがダサくて、coolなのはどのブログか?一番高LVのキャラクターを持っているのは誰なのか?現実世界のピラミッドにおいて底辺に甘んじている人達・自分が上位を占めるピラミッドに納得いかずに渇望する人達に、インターネットは新たなピラミッドワールドへの扉を開いた。新しく創り出されたネットピラミッドの多くは、ピラミッドの上位を得ることが何かの生産手段になるわけではなく、むしろ上位を占めること自体が目的化したピラミッドであり、「ピラミッド上位を占めているという体感」を通して安堵感と優越感を獲得することにしか寄与しない、そういう意味でバーチャルリアリティなピラミッドだったわけだが、飢えた人々にはご馳走の山だったのか、飛びつき、貪り、依存に至る人達が少なくなかった。ある種のインターネット企業は「ピラミッド上位を占めているという体感」という需要に当然のように敏感で、サービスという名のもと、飢えた人々から様々な対価を巻き上げることに成功している。
 
 このようなピラミッド的世界観において、平等、なるものはどこにも見いだせない。平等というターム自体が一つのピラミッド・一つの戦場を形成するようなこの娑婆世界において、人々はありとあらゆるジャンル・場面・集団においてピラミッドを見いだし、差異を見つけてはこじ拡げ、エグゼクティヴ椅子取りゲームに明け暮れる。世界は全てピラミッド。あらゆるニッチもピラミッド。はじめに差異ありき。世界は三角形でできている。
 
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