シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

悪業を積んだブロガーは、自らのカルマによって自滅する

 
 釣りっぽいタイトルにするために「ブロガー」と書いたけど、ブロゴスフィア*1だけに限定される話ではなく、およそコミュニケーションが行われるあらゆる空間に適用出来そうな一般論として。
 
 
【悪しきカルマを積んだブロガーの末路】
 
 「日頃から悪しきカルマを積み上げている人はコミュニケーションにおいて自滅しやすい」というのは道理に適った、当たり前の話でしかなく、不埒な悪行三昧で周囲をうんざりさせている人はそうでない人に比べて業火に焼かれやすい。この当たり前に気づかない・気づけない人は、因果応報の転帰を迎えますよ、というのがこのテキストの要旨。
 
 
 なるほど、彼はクレバーかもしれない。なるほど、彼は学のある人物かもしれない。しかし脈絡の無い罵倒・保身的ダブルスタンダード・悪意に満ちた嫌がらせ等々を日頃から繰り返しているブロガーは、揉め事に巻き込まれやすく、敵をつくりやすく、軽蔑されやすい。自分では「孤独な俺って格好いいぜ」「群れてる連中は馬鹿で意気地なしばかり」とアウトロー気取りかもしれないが、こうした人達はしばしば孤独と孤立の区別がつけられなかったり、孤立を孤独と勘違いしたり、「敵と味方」という小学生的視点を愛していたりするので、コミュニケーションの輪のなかで自分の居場所が蚕食されていることにも最後まで気づかない(気づくわけにはいかない)ことが多い*2
 
 絶望的なことに、こうした孤独ならぬ孤立ブロガーのなかには、自分の振る舞いが「雄弁な力の象徴」「誰も逆らったり盾突いたりしないのは、みんなの頭が悪いから」と勘違いする素晴らしい素養を持った人が混じっている。そのような人は、自分が罵倒した相手がスルーすれば「こいつ弱虫だな、俺の頭の良さにビビッちまったかな」と思い込んでみたり、罵倒した相手が怒りを表明すれば「釣れた釣れたギャハハハ!」と嘲笑してみたりする。勿論これらの行為を通して彼は自らのカルマを益々下げるわけだけれど、それがどのような因果応報をもたらすのかは想像できない。また、真摯な回答をよこした人や“○○くん、それじゃ友達なくしちゃうよ”と諫言してくれる人に対しても、スターリンの如き彼は聞く耳を持たないし、感謝どころか怒りを表明してみたりもする。このプロセスを通して彼は自らのカルマを一層低下させ、彼の素養なり知識なりに惹かれていた人達も次第に彼のもとを去っていく。かくして、彼は因業に相応しい愚かしいステータスをブロゴスフィア・コミュニケーション空間に確立していく。
 
 
【悪しきカルマが、小火を山火事へと拡大する】
 
 こうして日々せっせと悪しきカルマを積んだブロガーは、やがて破滅の日を迎える。なまじ頭が良かったりエゴパワーが強い人の場合、破滅の日はしばしば延期されるが、そのぶん多くの悪行を(赤色超巨星の如く)蓄積させるので、来るべき破滅の日の劫火は一層凄まじいものとなる。
 
 彼がいつもの傍若無人をやらかしているある日、“地獄の火の車”は「日常の揉め事」の装いで彼のもとを訪れる。優越感に酔って筆を滑らせてしまったひとつのミスが導火線だ。ミスに対して「○○さんの言っていることは違っていると思う」などとトラックバックを寄越されて怒っているうちに、あちこちのブロガーから反論が集中する。これまで傍若無人に耐えながらも「あいつに絡むと面倒だから」という消極的理由でスルーしてきた人達も、機に乗じて遂に石を投げつけはじめるのだ。ある種のキャズムを超えると、日和見で臆病な彼らも雪崩をうって反意を表明する、というお決まりのアレである。はてな界隈なら、沢山のブックマーカーが集まってきて罵倒したり嘲笑したりもするかもしれない*3。日頃の行いが悪いが故に蓄積されてきた、多くの人の恨みや怒りが一気に集中し、炸裂する。“俺のことを擁護してくれて当たり前”と思っていた人達までが「気持ちは分かるんだけどなぁ」と態度を曖昧にするようになったら、もう御終いである。べそをかこうが世間を恨もうが、彼を助けようとする人は現れない。こういう時は精神的に動揺もしやすく、もがけばもがくほどボロを出しやすい。そしてボロを出すたびに彼は益々カルマを下げ、ブロゴスフィアから(またはコミュニケーション空間から)たたき出されるのである。
 
 
【悪しきカルマで、あなたのブログも陥落・炎上しやすくなる】
 
 もし、彼が悪徳を積んでいなかったらどうなっていただろうか?
 もし、彼が暴走的な罵倒に終始していなければどうなっていただろうか?
 
 過去の、業火のなかで消し炭になっていった事例や生き残ったにせよ多大なダメージを蒙った事例を思い返すと、日頃の行いの積み重なり−つまりカルマの良し悪しが、揉め事やミスが致命傷に発展するか否かを左右することが多い、と考えざるを得ない。買わなくても良い恨みを買ったり、不誠実な対応で信用を失ったりすることを平然と繰り返していると、個人のカルマはどんどん下がっていく。即ち、いつの間にか潜在的敵対者を大量につくってしまったり、「あいつは鼻つまみ者」というイメージを共有されたり、発言を軽視されたりしやすくなってしまう。いつの間にか孤立し、痛い人扱いされ、やがては「いつか袋叩きにしてやる」という揮発性の空気が彼の周囲にまとわりついていく。十分にカルマが下がり十分に揮発性の空気ができあがったら、あとはちょっとした火花で引火して爆発炎上することだろう。
 
 もしカルマが下がりきっていない人の場合ならこんなことにはなりにくい。一回の揉め事や一回のミスが大火災に至る前に、大体は鎮火出来る。恨みを買っていなければ大勢を一度に敵に回すリスクは小さくなるし、痛い人認定されていなければ真摯に対応して貰える可能性も高い。日頃擁護してくる人達にもちゃんと感謝して互恵的関係を築けていれば、窮地に際しても助け舟を出して貰える可能性は高くなる。こうした一つ一つのストッパーは、カルマが高ければ強固になりやすく、カルマが低ければ脆弱となりやすい。人間、揉め事やミスの一つや二つは(ブロゴスフィアでもコミュニケーション空間でも)避けようがないが、それが小火で済むのか山火事に発展するのかは、当人のカルマの良し悪しに依存する部分がかなり大きい、ということに着目しておくと良いですよ、本当に。
 
 
【善行を心がけましょう。わるいことはやめておきましょう。】
 
 (いつも馬鹿なことを書いている私が書いてもあまり説得力が無いかもしれないが)悪いカルマは積むものではない。カルマを下げまくっても平然としている人には、それ相応の因果がまわってくる。余程の強者でもない限りほぼ間違いなく悪因悪果に絡め取られて、惨めな境遇へと堕ちるだろう。あなたが日々積んだカルマは、コミュニケーション主体としてのあなたの*4防御力・信用・融通・交際範囲といったものにジワジワ響いてくる。善きカルマを積む人は、防御力高く、信用され、幅広い交際範囲を得やすくなるだろうけど、悪しきカルマを積む人は、可燃性で、信用されず、孤立を深めやすくなるだろう。
 
 孤独と孤立は全然違うことを勘違いし、鼻つまみ者としての孤立・痛い人としての儀礼的無関心に至る人はブロゴスフィアでもコミュニケーション空間でも後を絶たないわけだが、自分自身がそうならぬよう日々の行いを律して、楽しくも慎ましやかなブログ生活を続けたいものです*5
 

*1:この言葉を書くのはこれで数度目のような気がするが、なんだか、御目出度いような、くすぐったいような、変な言葉ですね

*2:ちなみに、「孤立ではない孤独」をある程度達成している人を挙げるなら、サブドメインサーバー[SE07.CSIDE.JP]<株式会社シーサイドネット>id:noon75さんを推薦してみる。私の目に付く範囲では、noon75さんがかなりの高純度孤独を達成しているようにみえる。あと現在調査中だが、id:finalventさんも高純度孤独を達成している可能性が高そうにみえる

*3:集まってくる沢山のブックマーカー達の先頭には、怪しい笛吹きやらアジテーターやらがいるかもしれない

*4:またはブロガーとしてのあなたの

*5:←お前が言うな