シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“村の掟”が不要な人/必要な人の明暗

 
 私が記憶している平成初期と比べると、“どうしてこの人はこんな選択肢を選ぶんだろう”“ちょっと考えれば、それがヤバい事ぐらいわかるでしょ?”“こんなになる前に誰か引き留めなかったんだろうか”と首を傾げるような若い大人を見かける機会が増えたような気がする*1。夜中にも関わらず幼稚園児をファミレスに連れていく母親や、リスクを勘案しないで高利貸しを利用して搾取され尽くす男性などなどの、この手の実例はあなたも沢山みたことがある筈だ。
 
 私はムラ社会なり地域コミュニティなりが崩壊した影響について色々考えたがるほうだが、この手の若い大人が増加した要因のひとつ(あくまでひとつ)として、地域コミュニティの崩壊がとても重要なんではないかという意見を持っている。

 例えばファミレスで格差を思う。 - 漂流する身体。で触れられているような、

深夜1時2時なのに子供は走り回り、親らしき人物は放ったらかしで携帯で誰かと話している、という様な光景によく遭遇した。東京の郊外の貧しさをふと感じる瞬間だ。

 時代の差や地域の差もあるのだろうが、自分の生まれ育った地元で郊外の人と言えば、農家であり、そこには厳格で伝統的な躾が残っていた。何より、子供というのはこういう風に教育するもの、という常識がまだある程度共有されていた時代である。また、良い教育が、より良い将来の生活を約束していた時代でもあった。格差の問題がこの所クローズアップされるが、かつて共有されていたものが薄れ、中流として総称されていた集団がバラけて来ているのは事実なのだろう。また、そのバラつきは固定化される方向に向かっているのかも知れない。

 こういった躾を含めた“常識の共有”“教育の共有”が過去に成立していた背景として、地域コミュニティが地域コミュニティとして(多大な副作用を出しつつも)担っていたものに私はもっと注目したい。
 
【不自由さと引き替えにコミュニティから与えられる枠組み】
 
 幾つかの副作用を孕みつつも、村をはじめとする地域コミュニティ内部では、“村の掟”“村のマナー”といったものが構成員が強要・遵守され、それが地域住民の秩序とライフスタイルに一定の枠組みを提供していたことは想像に難くない。“村の掟”や“村のマナー”の存在は、コミュニティ構成員の自由を大きく制限したし、西洋的個人主義と相容れない気質を育む土壌となったなどの副作用はあったにせよ、それと引き替えに、比較的一律な教育・情操・生活習慣なりを構成員に提供してはいたと思う。*2コミュニティ内の子どもは、基本的にはどこの家の子であっても、小さい頃から身をもって“村の掟”“村のルール”を体得したと思う。祭りの場・空き地の草野球・家庭訪問などなどは、そうしたルール枠付けをマスターするには恰好の場を提供していたと思うし、“どこまでが許容範囲でどこからが本気で怒られるところ”かを覚える機会は地域社会のそこらじゅうにあったと思う。
 
【地域コミュニティ崩壊に伴う自由化の功罪】
 
 様々な功罪を抱えた地域コミュニティではあったが、ともあれ、そういった地域コミュニティは崩壊するか希薄化した。地域の人間を縛っていた“村の掟”も構成員間の拘束も軽くなり、人・モノの流動性が加速した。地域行事への参加や、村の枠組みを守ることに支払っていたリソースは、それ以外の営為に投資できるようになった。この自由化によって、個人はより多くの選択肢を選びやすくなっただろうし、浮いた余力をさらなる学習機会やビジネスチャンスに投資できるようにもなった。こういう視点からみると、地域コミュニティ崩壊は単純に喜ばしいことに違いない。
 
 一方、地域コミュニティが最低限提供していた(または拘束していた)“村の掟”“村のマナー”といった枠組みは、その効力を失ってしまった。“村の掟”“村のマナー”を通してなんとか安定を得、家族や親のポテンシャルの如何にかかわらず一定の枠組みなり社会規範なりを手に入れていた子ども達は、もはやコミュニティによって躾けられる度合いが低くなってしまった。“ある種の個人的/家庭的スペックを満たさない人達”にとって、これは最低限の社会学習を地域コミュニティからお裾分けしてもらう機会がなくなったということに他ならない。自由化したんだから、上手く自由に時間を使えばいいじゃないかという意見は、こうした人達には全く当てはまらない。本当に自由を持て余す人達は、自由な時間をパチスロ屋で過ごしたり、自由な金銭をDQNカーの購入に充てたりしてしまう(それも、馬鹿げたローンを組んでまで)。または塾通いに極端に偏向した社会性ゼロの人間をつくってみたり、テレビとゲームだけに子育てを任せっきりにしてみたり、とにかく様々である。そんな彼らに一律に“村の掟”“村のマナー”を教え込む(または押しつける)地域行事や商店街は、もう形骸化してしまっているのだ。ディズニーランドなどのテーマパークや都市空間的なショッピングモールに出かけたとて、社会性の獲得やコミュニティのマナーをマスターする機会はあまり得られない。
 
【村社会→都市化によって分かれた明暗】
 
 こうして、地域コミュニティ崩壊に伴う自由化は、村社会コスト低下・自由度の上昇を的確に利用出来る人には大きな福音となった一方、手に入れた自由を持て余す人々の(ライフスタイルを守る)セイフティネットを失わせる結果になったのではないか?『人間にはあらゆる点で自由であるべきだ』と主張する人達にはさぞかし不快であろう事を承知のうえで敢えて書くが、実は、地域コミュニティ崩壊に伴う種々の自由化に耐えられる人・利用できる人というのはかなり限定されていて、少なからぬ割合の人達は“村の掟”“村のマナー”に拘束されていたほうが安定した生活が送りやすかったのではないだろうか。もっと大胆に疑うなら、過半数のホモ・サピエンスの個体というものは、“村の掟”“村のマナー”といった枠組みなしでは自由を持て余してしまいがちなのではないか?
 
 これは何も、安易に多重債務者になる人や、マナーのマの字も知らないようなDQNだけに限ったことではない。金銭管理の面ではしっかりしていても子育てでは戸惑う人や、塾の選択には余念がない一方で子ども同士の付き合いを無視してしまう人も、似たようなものであり、大半の人にとって多かれ少なかれ他人事ではない話だと思う――ありとあらゆる状況下で的確に判断を下せる人というのは限られているのだから――。不便さと引き替えに享受してきた、地域コミュニティが提供する諸々の枠組み・恩恵を、自分自身の判断ですべて代替・凌駕出来る人というのは極めて限定されている。私自身も勿論例外ではない筈だ。日常生活や子育てやマナーの全側面において、幾星霜も引き継がれた世間智を凌げるなどと自惚れることなどできはしない。
 
【とはいえ、もう振り返ってばかりはいられない】
 
 総括すると、地域コミュニティ崩壊に伴う“村の掟”“村のルール”の希薄化によって個々人の自由度が上昇し、結果として判断の優劣が結果の優劣にダイレクトに反映される状況が生まれた→その結果として、制御を失って迷走する個人の出現確率が上昇しつつある、ということになるだろうか。“村の掟”“村のルール”が失われ、一律な枠組みを脱して飛躍する人達がいる一方で、対照的に“村の掟”“村のルール”の枠組みがある種の支えになっていた人達が迷走しはじめたのではないだろうか。
 
 2006年現在の、DQNをはじめとする、“わけのわからない大人達の百鬼夜行”の要因は様々に違いないだろうけど、私は、“村の掟”から解放されてかえって自由を持て余し気味の人達に注目したい。彼らにとって、村をはじめとする地域コミュニティの崩壊は本当に喜ばしいことだったのか?そして彼らに与えられた自由というものは彼らの人生行路にどんな意味を持つものなのか?自由を生かし切れる人達と自由の旨味だけに着目する人達にとって、閉塞した村社会からの解放と都市空間の現出は、単純に喜ばしいことかもしれない。だが、与えられた自由を持て余し、時間と金銭を空費することしか出来ない人にとっての自由とは一体何なのだろうか?地域コミュニティの束縛から逃れて益々漸進する人達と、コミュニティの束縛を失って迷走する人達とでは、地域コミュニティの崩壊が意味するところは全く異なっていると思う。村社会の功罪を語る際には、この両者の明暗に十分注目した視点が必要だと私は考える。村の悪い面ばかりを強調し、それが失われた事を手放しで喜ぶ姿勢は、軽率に過ぎないか。
 
 とはいえ、もう振り返ってばかりもいられない。かつての地域コミュニティを今更復活させようとしても上手くいくわけがないし、一度自由を手に入れた人間は(たとえ迷走に迷走を重ねていても)元の束縛を簡単には受け容れられないだろう。どだい、人・モノ・情報の流れがここまで加速してしまった21世紀の情勢に、かつての村社会が追随するのは極めて困難のように思える。失われた村社会の“功”の部分と、個人の選択が自由になって現代都市空間の“功”の部分をよりあわせることが出来れば良いのだが、私にはそこら辺の上手いやり方が未だ思いつかない。
 

*1:若年男性だけじゃなく、中年や年寄りのなかにも“モラルも廉恥心も思慮も欠けた人達”をみかけないことは無いが、年上の世代は娑婆の風に吹かれるうちに淘汰が働いているのか、極端に滅茶苦茶な奴をみかける機会は比較的すくない。

*2:ついでに言えば、近所同士の共通理解も育まれやすかったし、肉屋でも魚屋でも学校でもコミュニティ構成員が頻繁に顔を合わせる間柄だったが故に、モラルを守るインセンティブも今より大きかった筈だ。そしてそれを子ども達は眺めながら成長していくわけだ。