シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

“オタク”を自称する人達の、千差万別なオタ基準

 
 オタクを自称する人が増えている。「俺はオタクだ」「オタクとして僕は云々」といった言葉は、ネット界隈やコミケ会場を飛び出し、「ん?どこにオタクがいるのかな?どこにもいない気がするぞ?」という空間でさえしばしば聞かれるようになった。例えば私の場合、秋葉原で店頭ディスプレイに群がっている人達が「俺はオタクだ云々」と言っていてもあまり違和感を感じないが、松屋のデパ地下で買い物している女性が「あたしって惣菜オタクだから」とか言っているのを聞いた時は“はぁ?”と思ってしまいがちだ。こうした現象は「一人称としてのオタク」の基準が個人個人でいかに違っているのかを端的にあらわしていると思う。
 
 では、オタクを自称する時、人々は何をもって「俺はオタクだ」「私はオタクです」と定義づけているのだろうか?このテキストでは、その千差万別な「自称オタク基準」について幾つかの類型を紹介してみる。
 
基準1.何かのジャンルが好きならそれでオタク
 最近では、何かのジャンルがただ好きなだけで、それでもう自分は○○オタクだと言ってしまう人がいる。ある種、最もヌルい自称オタクであり、件の「惣菜オタク」のお嬢さんなどはこれに該当する可能性が高いかもしれない。ジャンルは全く問わないし、独り遊びかどうかも問わない。ゴルフや競馬、果ては合コンに関しても「俺って合コンオタなんだよね」などという用法を目にすることがある。
 
基準2.何かのジャンルが人より詳しいならそれでオタク
 こちらは1.よりはちょっとだけオタクっぽいかもしれない。ジャンルは問わないにせよ、該当ジャンルにおいて実際に人よりも詳しいと自他共に認める際に、自分をオタクと呼称するタイプだ。「私はクリケットオタクでね」など。なお、1.2.のような用法は、オタクコンテンツ界隈に古くから住んでいる人達からは“誤用”と認識されやすい。
 
3.何かのジャンルを長年やっているならそれでオタク
 基本的には2.と同じタイプだが、こちらは詳しさではなく経験年数を問うタイプ。相撲鑑賞歴20年の人がオタクを名乗る場合など。
 
4.人ではなくコンテンツを相手にした一人遊びジャンルならオタク
 1.2.3.では一切ジャンルを問わなかったが、ここに来てようやく「生の人相手ではなく、コンテンツを相手にした一人遊びジャンルならオタク」という内部規定を胸にした人が出てくる。旧来の「マニア」という言葉は、割合この4.に近いかもしれない。オーディオ屋敷に住んでジャズを聴きまくっている人や、天文台に籠もって星ばかりみている人、装甲列車の写真・資料を追いかけまくっている人、などがオタクを自称する際には、この4.が基準になっている場合が多い。この4.を根拠の中心にしてオタクを自称している人達の多くは、「マニア」という言葉を代入してみてもあまり違和感が無いような気がする。オタク世界のなかで大きなカテゴリーを形成している鉄道オタク・軍事オタクが自分をオタと自称する時には、この4.に該当している事が少なくない。
 
5.何かモノをコレクションをしているならオタク
 自称オタクの根拠として、何らかのコレクション保持を挙げる人もいる。コレクションの種類は、80年代アイドルのレコードから昆虫標本、果ては骨董の類まで様々である。この5.を自称オタクの根拠とする人達に関しても、「マニア」という旧来から言葉を代入することは比較的容易だ。ただし、このオタク枠付けでは、知識や腕前を集積するタイプはオタクにならないという弱点(?)もある。
 

6.特定の幾つかの趣味(アニメ、ゲーム、コミック、アイドルなど)を消費していればオタク
 世間一般で“いかにもオタクがハマってそうな”とみなされる一連のメディアを消費していることをもって、自分はオタクだと自称する人がいる。なかには、“ガンダムを見ているからオタク”だとか、“PS2を持っているからオタク”だとかいった、所謂古参オタクの人が「なんだそりゃ?」と思えるような水準でオタクコンテンツを消費していたとしてもオタクを自称していることも。あるいは「メイド喫茶に行ってみたから今日から俺ってオタクじゃね?」的な。
 
 この基準でオタクを自称するならば、十代〜三十代男性たいていオタクという事になるが、このような用法でオタクを自称している人は、意外といたりする。
 

7.特定の幾つかの趣味に詳しければオタク
 6.の基準だけではオタクを名乗るに足りないとして、オタクコンテンツに関する造詣が深いことを念頭に置きながらオタクを名乗る人もいる。こういう人は、詳しさなり技量なり経験といったものが蓄積していなければ「オタクとして薄い」と考える。例えばガノタであれば、有名どころの台詞は大体知っていたり、モビルスーツの形式番号が分かっていたり、特定の作品にやたらめったら詳しかったりしてようやくガノタと呼べるような。二次元美少女界であれば、作品の系譜について一定の見通しが立っていたり、キャラクターの「属性」が大体分かっていたりするぐらいが「オタク」である為に求められるものだろうか。
 

8.特定の幾つかの趣味の占有率が過半数を超えていればオタク
 7.に似て非なるものとして、自分の趣味活動のなかに占める「オタク趣味の割合」がどれぐらいなのかを自称オタク基準とする人もいる。一言で「オタク趣味の割合」と言っても、自意識の割合なのか、オタエンゲル係数なのか、時間的配分なのかはまちまちで、統一基準は無い。
 

9.情報の集積や認知の形式・作法がオタク
 もう少し込み入った自称オタク基準としては、コンテンツ集積や情報集積の形式や、物事の捉え方のある傾向をもって「オタ的だね」と自称する場合がある。わかりにくい人は、matakimika@d.hatenaid:matakimikaさんの文章を読むと、このニュアンスが伝わるかもしれない。
 
【自称オタク基準が一致しない前提で話を進めよう】
 
 このほか、斉藤環先生が書いたような、「空想の産物に対して執着するのがオタクの特徴」「二次元美少女に性的関心を抱けるのがオタク」も含め、様々なニュアンスの「自称オタク」が錯綜しているのが現在の状況だ。このため、自分をオタクだと自称する人同士が遭遇した時に、片方または両方が“こいつ、何オタク名乗ってるんだ?”と訝しくケースは後を絶たないと思う。とりわけ、1.2.3.あたりを基準にしている人と7.8.9.あたりを基準にしている人が出会った場合などは、後者は前者を「こいつオタクじゃねー!」と決めつける可能性が高い。「オタク」の定義は多様化しても、「キモオタ」の定義は多様化しない - シロクマの屑籠とは対照的に、自称オタクの基準はすっかりバラバラになっており、これからもまとまることが無いと推測される。
 
 どのような基準が自称オタク基準として最もふさわしいか、私には分からないし、多分そんな絶対的基準を設けることは得るものより失うものの多い行為のような気がする。少なくとも、[世の中の自称オタク基準がこんなに幅広い事][各自の自称オタク基準が一致しないかもしれない事]を前もって認識することは、それなりに有意義だと思う。自分の自称オタク基準以外は認めないといった硬直は、自分以外の自称オタク達との間に余計かつ不毛な摩擦をひきおこしかねないので。