シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

「萌え」の内側には性的なニュアンスが隠れている。(それも、ぱんぱんに、堪え難いほどに)

 

 http://d.hatena.ne.jp/t_yossy/20060926/1159242905
 ここはひとつ、脊髄反射してみよう。
 私はそうは思わない。「萌え」には性的なニュアンスは含まれている。それも、溢れんばかりに、存分に含まれている。とても直視できない自分自身の性的ニュアンスを、防衛機制を通して適度なレベルにフィルタリングをする為の装置として、「萌え」というヌルい言い回しが機能しているんじゃないだろうか。
 

【どういうことか説明すると】
 

たとえば、ツンデレのしぐさに「萌え」る時でも、常に性的欲求を掻き立てられているわけではない。
言い換えるなら「かわいいなぁ」であり、擬音語でいうなら「キュンキュン」である。

 
 上の引用においては、「かわいいなぁ」「キュンキュン」なら性的欲求に該当しないだろうという主張になるのだろう。「えっちじゃないよ」ということだろうか。
 
 確かに、「萌え」と発情はどこまで結びつくか - 倒錯社::公開編集会議id:sirouto2さんが指摘するように「萌え」と「エロ」とが完全等号で結ばれることが無い点は確認できると思う。萌えると同時に発情かというと必ずしもそうではない。脳内でえっちな妄想に至ってしまう人もいるけれど、手を繋いでみたいとか、見守ってあげたいとか思う人もいる。「かわいいなぁ」「キュンキュン」までで止まってしまう人も多いに違いない。二次元美少女キャラに対して発せられた「萌え」ならば「えっちな妄想」かと言ったら、それは言いすぎだと思う。
 
 じゃあ「かわいいなぁ」「キュンキュン」なら性的ニュアンスが含まれてないかというと、これは話が変わってくる。セックスしたい・胸をもみしだきたい・恥ずかしい脱衣シーンを覗きたいとか思うのが性的ニュアンス有りで、「かわいいなぁ」「キュンキュン」は性的ニュアンス無しなのだろうか?私は、そんなことはないと思う。まずそもそも、何故「かわいいなぁ」「キュンキュン」ってなるのか?そしてどんなキャラクターに対して「萌え」が発動する傾向にあるのか?こういった点をつぶさに身調べした結果、女の子キャラクターや女の子のシンボルに対してより多く発動している事を確認するオタクって多いんじゃないかと思う。少なくとも、萌えの黎明期(1990年代)に流通したような、「萌え」の古典的用法としては、女の子キャラクターに対する「も、萌えるよね」が圧倒的に多かったと思うし、萌えの用法が多様化した現在においても「萌える」が投げかけられる対象の大多数は女の子キャラ(と女の子を象徴するもの)だ。私は、id:t_yossyさんの、まるで「おっぱい触りたくなったら性的ニュアンス有り」「勃起したから性的ニュアンス有り」といわんばかりの分水嶺の決め方には賛同できない。もっとプラトニックな、またはもっと臆病な、またはもっと防衛の強いまなざしのなかにも、性的ニュアンスを嗅ぎだすことが出来るのではないかと思う。
 
 ここで思い出して頂きたいのは、『異性に対する苦手意識を持つオタクのなかには、自分の性的願望を(自分自身と他人の視線から)遠ざけなければ、異性に対峙した時の不安・緊張・葛藤に耐えられないほどに不器用な人達がいっぱいいる』という点である。異性に対するコンプレックスが十分に強く防衛的なオタクにとって、「プラトニック」「かわいい」「キュンキュン」といった手ぬるさは、自分自身(と対象異性)からどす黒いものが滲みだすのを防ぎながらも欲情するのに便利な発明だったんじゃないのか。1990年代に「萌える」という単語が発明されてオタク達に流通したのも、要はそういう需要があってのことなんじゃないだろうか。欲情をストレートに表出する事に耐えられない、女の子やセックスへの耐性が低すぎる男達にとって、「萌え」という言葉のヌルい湯加減が丁度良かったからこそ、「萌え」という語彙は重宝されたのではないか?少なくとも、私が「萌え」という言葉を使い始めた頃はそんな感じでだった。「萌え」を他人に言明する時でさえも、不安や葛藤が惹起されやすく、どもりがちになっていたけど、よりセクシャルな表現に比べれば遥かに使いやすく、便利な言い回しだったと記憶している。例えば、「制服の上から姫川琴音の胸に触りたい」なら自分自身も聞く側もNGでも、「姫川琴音に、も、も、萌えるよね」と表明する分にはぎりぎりセーフというか。「萌え」という言葉でセクシャルなニュアンスを適度にフィルタリングする事によって、当時の私(と私の周りのオタ)はもてあまし気味の性的願望を適度に調整する事が出来たんだと思う。
 
【まとめ】
 「萌え」な感情も「萌え」という言明も、異性が苦手だけれども一応ペニスがついているオタク達の、性的コンプレックスに対する距離感*1を反映した表現なんじゃないかな、と私は主張したいわけだ。
 
 セクシャルなニュアンスが含まれていないというのは正反対で、むしろセクシャルなニュアンスが溢れ出しちゃって自分自身(と、同様の傾向のオタク仲間)が耐えられなくなるのを回避すべく、「萌え」によって過剰な性的ニュアンスが(適度に)フィルタリングされているのではないだろうか?同様に、性的葛藤が強すぎるオタク達が、かえって修道士のように厳格なプラトニックごっこに勤しむのも、この考え方で説明できるんじゃないだろうか*2。いつまでもぱんつをめくらない「萌え」だったとしても、それで性的ニュアンスが隠れていないと断定するのは早計だと思う。その発言者が、セックスや異性にまつわる不安に耐えられないが故に「萌え」という言葉を通して湯加減を調整している*3可能性を疑ってみよう。*4
 
 少なくとも異性キャラクターに対して「萌え」という言葉が投げかけられるような際には、「萌え」という体の良い言葉を使って性的ニュアンスが適度にフィルタリングされている可能性を一度疑ってみると面白いんじゃないかと思う。「プラトニックなキャラ萌え」「キュンキュン」「えっちじゃないもん」と言いながらも女性キャラクターを見つめているオタク達に関しても同様だ。見逃すものか。
 
 

*1:または防衛の度合い

*2:だからこそ、彼らのセクシャルな願望への葛藤を解いて堕天させてあげると激しく激しくもえあがる、というわけだ。やせ我慢しているエロオタを聖地巡礼に誘って、功徳を積みましょう - シロクマの屑籠←こんな風にやっちまえ!

*3:=適度に防衛している

*4:「疑ってみよう」なんて書いているけど、私の周りにいたプラトニックな萌え野郎達は一人残らずそうだったし、だからこそ堕落の手ほどきを通して葛藤を解消してあげた、というわけだ。HAHAHA!