シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

甘えずに社会復帰しろ、という『惑星開発委員会』の呼びかけの届かぬオタク達

 
 ↑このテキストは、『惑星開発委員会』の善良な市民さんは、極めて強大である - シロクマの屑籠の続きです。
 
 一つ前のテキストでは、『惑星開発委員会』、とりわけ主催者の善良な市民さんがいかに重武装の論者なのかについて記述してみた。以下そこの所を踏まえた上で、『惑星開発委員会』という“オタにつける薬”が医薬品としてどの程度有用なものなのか順を追って考察してみたいと思う*1。このテキストでは、『惑星開発委員会』の治療薬としての作用機序と、呼びかけの届かぬオタク達の姿について描写してみたいと思う。
 
 なお、『惑星開発委員会』は、オタク/サブカル信者達の痛々しい優越感ゲームや防衛機制に依った迂回に対して手厳しいほどの挑発を行っているだけでなく、オタク文化/サブカル文化の評論・新しい歴史観の呈示・現状の考察といった分野において(1970年代後半生まれという出自・経験も含めた)重要な視点を提供している事は断っておこう。仮に、これから先のテキストを読んであなた自身の適応があまり向上させられないと判ったとしても、『惑星開発委員会』を脱価値化するのは適当ではない。治療薬としてのご利益を失ったとて、『惑星開発委員会』は輝きを失わない。
 
【現在の『惑星開発委員会』の治療的作用機序】
 
 まず、『惑星開発委員会』という、対オタク治療薬の作用機序について考えてみよう。彼らは動物化したオタクをdisり、(オタク作品を)論壇ごっこ的に批評して優越感ゲームを堪能するオタクをdisる。代用品の二次元美少女に萌え、狭い井戸のなかで内弁慶に終始する彼ら*2に対して、容赦の無い直面化を迫る『惑星開発委員会』。“気づき”を通してオタク達に現実回帰を訴え、念には念を押して「俺達はわかっている」というメタ視点ごまかしにすら釘をうつ手法を通して、彼らは“大衆”を挑発する。挑発された側が何か考えてくれるように、という思いが背景にはあるのではないかと私は推測している。これが、惑星開発委員会がオタにつける薬として作用するメカニズムとして、最も大きいものだと思う。*3
 
 また、もう一つ忘れてはならない作用機序として、“生き方指南などという思想が有効性を持たない以上、個人個人が教養を集めて色々やっていく土台を用意すればいいんじゃないか”という指摘がある。確かに、サブカル“信者”や狭いオタク趣味のなかでウーウー唸っている人達に対して、この指摘は妥当なものだと思う。狭いオタク井戸や、その他各種文化圏なり各価値観なりの井戸に引きこもり、井戸内部のヒエラルキーと優越感ゲームの虜になっている人達に対して、広い視野を勧めるのは好ましいことに違いない。文化ニッチ細切れの状況下で世間知らずの袋小路に迷い込まぬようにするためにも、善良な市民さんの言う“社会復帰”を進行させるうえでも。
 
 しかし真に問題にすべきは、こうした作用機序を持った『惑星開発委員会』がどんなオタクに対してどんな効果(作用と副作用)を実際にもたらすか、という所である。これですべてのオタクが恋愛するように頑張ったり、狭小で独善的な世界観から脱却したりすれば万々歳だが、実際にはそうはいかないと思うわけである。作用機序が幾ら素晴らしくても、in vivoできちんと働かなければ薬は薬ではない。以下に、『惑星開発委員会』を実際のオタク達に与えた時の反応について予想または記述してみようと思う。
 
例1:中学二年生男子のA君の場合(14歳)
 
 スクールカースト低位で自信喪失気味なA君は、趣味の選択肢が他に無かったので、アニメと漫画ばかり眺めるようになった(次世代を担う)オタク予備軍だ。Zガンダムでググって惑星開発委員会を発見し、レビューを読む。読んだけれども、なんだか意味がわからない。さらにググって調べると、安保とかセクトとか言葉の意味は読んでわかったものの、いまいち実感が湧かない。偶々、おねえさんが持っていた『惑星開発委員会』の配本を発見して目を通す幸運に恵まれるが、「大塚」「宮台」「東」とか何とか、聴いたことの無い人名が沢山載っていて理解が出来ない。何か恰好良いことが書いてあるような気はする。この魅力は何なんだろう?
→わかんないから素通りしてしまう
→後日、惑星開発委員会のスタンスを“恰好良い”と思うようになって、田舎のオタクコミュニティのなかで優越感ゲームのダシにする
 
例2:大学院生男子Bさんの場合(27歳)
 
 デリダやラカンという言葉を口にすればオーラがわき出ると勘違いしているBさんは、文化系大学院生。趣味はブログでアニメを論評することである。論評に際しては偉い人の“言説”を出来るだけ引用するのが重要なポイントだ。味の素、みたいなものである。時々、引用ミスを指摘される事もあるが、ご愛敬ということで。惑星開発委員会を読んでいるとわけもなく苛立ち、何とか罵倒してやろうとあれこれ考える。結局、自分の教養ではdisりきれないと悟り、この野郎と思いつつもどうしてくれようかあれこれ思案しはじめる。
 →「楽しんだもの勝ち」という視点をとるには少々理屈倒れ過ぎるBさんの場合、スルーするというわけにはいかない。
 →「これは奴らが優越感ゲームを楽しんでいるに違いない。なぜなら俺がこんなに劣等感を刺激されるからだ。」
 →惑星開発委員会のスタンスに“服従”する。または惑星開発委員会信者になる。今までの狭い井戸を脱出し、今度は“惑星開発委員会の視点の井戸”に飛び込み、頭が良くなったと勘違いする。恨みの混じった畏敬を善良な市民さんに向けつつ、やってる事は今までの繰り返し。
 

例3:プログラマー男性Cさんの場合(25歳)
 
 童貞年齢も高くなってきたCさんは、焦りを感じながら日々を過ごしている。オタク趣味にどっぷり漬かっているうち、自分のコミュニケーションスキル/スペックが世渡りや男女交際にあまりにも不十分である事に気づき始めたからである。「脱オタクファッションガイド」を購入し、脱オタ作戦進行中。そんなとき、オタ仲間から『惑星開発委員会』を借りてきて、読み、うなだれる。
→確かにダメなんだよ。俺達はオタク界隈に引きこもっている駄目な奴なんだ。本当は女の子の髪を梳いてみたいと思ってるんだ。だけど意気地なしなんだ!
→くそっ!むかつく!この本破いてやりたい!でも破ったところで何も変わらない!
→教養を集めるったって、25歳だもんなぁ。俺、プログラムとエロゲー攻略以外は能がないからなぁ。
→女の子と付き合え、社会復帰を促す?ああ、そんなの百も承知だよ!だけどね、こちとらその方法がわかんねぇんだ!あーわかっているさ!方法を教えろ方法を!目標は分かっていてもたどり着く手段が見つからないんだよ!
→俺が世界で一番駄目なんだとか思っているうちに、なんだかきもちよくなってきたぞ?!(自笑行為)
 

例4:地方工員Dさんの場合(35歳)
 
 親から結婚の話を振られるのが苦痛だと感じているDさんは、カードゲームとギャルゲーが専門。オフタイムはすべて趣味に、給料の大半はオタク趣味につぎ込むという、業の深いオタクさんだ。夏と冬にコミケまで遠征するが、一回あたり二十万円程度買い物をするというオタっぷりである。意地の悪いオタ仲間が「これ読んでみろよ」と手渡した『惑星開発委員会』を読み、流す。
→「まー俺達はわかっているんだけどね」「こういう意見があってもいいんじゃない?」
→“メタに逃げてんじゃねーよ!”という善良な市民さんの声には馬耳東風
→ハルヒが高く評価されていることにホッとする。貸してくれたオタ仲間に対しては、「SEEDはやっぱりダメだよね、宇宙世紀ガンダムだよね、富野節だよね」と感想を述べる
 

例5:就職したけれども三ヶ月で“鬱状態”になり休職中のEさんの場合(23歳)
 オタク仲間のなかでオピニオンリーダーたるべくEさんはいつも頑張っている。職場同僚の“イジワル”によってやむを得ず休職を余儀なくされているEさんだが、セイヨウオトギリソウを呑みながらココログに毎晩投稿し、エロゲーの作品論を展開する。優れた作品論があると聞いて『惑星開発委員会』を読むことになるが、読んでいるうちにイライラしてきた。
→「これはひどい本だ。見下している。オタク文化を馬鹿にしている。世界に冠たるOTAKUについて何も触れてないし、萌え文化を評価しようとしていないね。」
→「僕らをゴミ屑みたいに呼ばわって。僕はこんなに仕事に頑張って社会に揉まれているんだ。現実に帰れったって、現実は鬱なんだよ!」
→鬱にもならずに彼女もいる人には、どうせ僕の気持ちなんかわかっちゃくれないんだ!
→ひとしきり怒ったり不安になったりしたので、To heart2をやって一服。その後、「エロゲー作品がいかに現代恋愛事情をトレースしているか」についてブログに考察をアップ。
 

【大衆オタ達の受信機と、『惑星開発委員会』の発信機の隙間】
 
 『惑星開発委員会』が挑発し、現実に帰れと呼びかけるべき“大衆オタ達”の反応というのは、概ねこんなものではないだろうか。反省せず、考えず、防衛機制で自分をごまかし、教養という名の落ち穂拾いなんて夢のまた夢、といった各々のweak pointを抱えた(大多数の)第三世代オタク達が『惑星開発委員会』を読んだところで、それできっちり現実回帰してくれるだろうか?私は、『惑星開発委員会』という“治療薬”が何%のオタク達の中枢神経にきちんと届いて治療薬として機能するのかに疑問を感じている。臨床では、どれほど強力で作用機序が明確な薬物でも、“標的臓器の標的細胞のレセプター”まで吸収→運搬→結合しなければ効果が無いし、副作用が強すぎても好ましくない。“脱オタ”という、限定的とはいえオタにつける薬を長年追いかけ続けている私からみると、こうした“創薬上の問題”を『惑星開発委員会』は解決していないようにみえてならない、ちょうど1999年頃の脱オタサイト達がそうであったかのように。
 
 続くテキストでは、治療薬としての『惑星開発委員会』の問題点や副作用について列挙していきたいと思う。
 ↓つづく
 

*1:ちなみに、善良な市民さんと転叫院さん自身も、第一回配本P22〜P23において“オタにつける薬が必要”“社会復帰のマニュアルが必要”という事を述べている。実際、『惑星開発委員会』のネット上・同人誌上の文章のなかには、それを匂わせる記述があちこちに散見される

*2:ここら辺の認識は、私の認識と似ているところもある:オタクにみられる防衛機制(汎適所属)参照

*3:“現実回帰”“お前らが欲しいものをダイレクトに追いかけろ”という視点は、なにげに脱オタ議論に近い部分もあってか、私はこの視点についつい目がいってしまうほうだ。