シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

情動面で猛威を振るって飛躍する女性達/特権を失いコミュニケーションに追随出来ず没落する男性達

 
 女性達もまた、コミュニケーションの相手として・利害の調整相手として非常に手ごわい存在だ。なるほど、彼女達は私よりも腕力や動体視力は劣るかもしれない。言語や論理によってやりこむ技能も発達させていないかもしれない。だが、涙の使い方をはじめ、情動を用いてコミュニケーション対象を操作するすることに関しては圧倒的な能力を持っている。職業柄、私とてそれなりに言語/非言語コミュニケーションには気を遣っているつもりだが、女性達の、情動レベルの非言語コミュニケーションの影響力・感染力の強さにはいつも驚嘆させられ、ときに畏敬の念すら覚える。彼女達の涙・彼女達の微笑み・彼女達の(般若のような)怒りは、大脳新皮質をあまり刺激しないかもしれないにせよ、脳の奥底の(扁桃体などの)古い部分に働きかける強烈なシグナルとしては機能する。彼女達の情の籠もった一挙一動は、私を情動を激しく揺さぶり、合理性や論理性を飛び越えた判断を迫る。彼女達の情動発露には、コミュニケーション対象に影響を与える強烈な効果があり、それに理性で対抗するのは決して容易ではない。
 
 よく、女性は男性より弱いだとか何だとか言う人がいる。また、文化的に抑圧されているとか何とか言う人もいる。それらは幾つかの側面からみればその通りに違いない。一方、人間の情動に働きかけて自分の意図を達成する点に関する限り、女性は男性よりも遙かに強力で、間抜けな男性なら瞬時にマリオネット化してしまう点には注意深くなっておきたい。また、所謂『男性中心社会』とやらのなかにおいてさえ、彼女達が情動を武器に自らの適応を巧みに達成してきた点にも敏感にならずにはいられない。情動面における女性側のアドバンテージと、それに伴う適応上のメリットについてはあまり宣伝されていないが、そういったものを武器にされた時、頭でっかちor/and体でっかちな男達は案外コロッといってしまう事に十分な注意が必要だ(わかっている男性は勿論分かっていると思うけれどもね)。社会的/文化的抑圧が最高潮の状況においてさえ、情動を用いて彼女達自身の適応を守り続けた事を私は忘れることが出来ない。女性という“異生生物”は、常に、クレバーで、タフで、したたかだ。
 
 まして、女性達の社会進出と高学歴化が進み発言力もいや増した現代においては、かつて男性側が特権的に持っていた様々な権利やパワーをも女性達は身につけている。論理的思考能力・社会的ポジションといった男性の専売特許だった分野においても、強大なパワーを身につけた女性が少なくない。ところが、女性側が今でも特権的に維持している情動を用いたコミュニケーションはというと、いっこうに男女間でスキル/スペックの差が縮まらない。生物学的性差に由来するせいだろう、情動を揺り動かすコミュニケーション能力を女性と互角以上に身につけられる男性は、そう滅多にいるものではない*1。しかも、論理的思考力などと異なり、男性側が「彼女達の武器」を平等に勉強し後天的に身につけていくカリキュラムは義務教育化されていない。情動面のやりとりで、今後も女性側の優勢は当分揺るぎそうにない。
 

 さて、この現状が続いたら、どうなるだろうか。論理的思考・学歴・社会的地位etcで十分な男女平等が進み、情動面でのコミュニケーションやネゴシエーションの能力だけは今後も男女差が残存するとしたら?まして、文化の細分化が進み、人やモノの流動性が激しくなった現代都市空間において、非言語コミュニケーションスキルが今後ますます要請されてくるとしたら?「二十一世紀は女性の時代」と言った人がいたが、なんとなくそんな気がしてくる。もし、諸々の面における男女平等が進行し、情動面のコミュニケーション能力に依然として男女能力差が残存し続けるとしたら…女性は社会の各方面で伸びやかに活躍し続け、男性――とりわけ情動面のやりとりに弱い男性――は、女性にいいように操作されたり社会的に不利な立場を強いられるのではないかと危惧する。文化や科学技術が猛烈に発展したにも関わらず、プリミティブなコミュニケーション能力が益々重要になりそうな現代日本において、果たして、男性達はサバイバルしていけるのだろうか?暴力や社会制度の枠組みで女性全般を束縛し、その上にあぐらをかくような真似は最早通用しない*2。かつて男性達が特権的に保有していた諸々を獲得するのみならず、先天的なコミュニケーション能力による優位性を保ったまま社会進出しつづける女性達の未来は明るい。未だ出産に関する諸問題などが残存するにせよ、彼女達は益々活躍し、益々発言力を獲得していくことだろう。また、これまでのように、涙や笑顔ひとつで男性をコロリと転がし続けるだろう。では、男性は?男性はこれからどうなるのか?
  
 その答えは、個人個人の男性に関してはわからない。『男性一人一人の諸々の適応スペック・環境によって規定されていく』というのが、最も誠実な回答だろう。だが、マクロのレベルでは既にある程度の答えが出ているんじゃないかと思う。幾ばくかの過剰適応者を出しつつも、しつこくもたくましく社会に食らいついていく若年女性達の社会進出の影で、今、若年男性達に何が起こっているのか、皆さんも既にご存じの筈だ。
 

*1:ちょうど数学や物理が男性のほうが能力を発揮しやすいのと対照的だ

*2:ただし、極めて限定された幾つかの状況では、未だに暴力や社会制度は女性を操作する有効なカードとして機能しているのが現状だが