シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

また君か。への一方向的執着、あるいはストーキング

 (8/15の18:00修正完了)
 matakimika@d.hatena
 
 今回の東京旅行で一番沢山喋って一番印象に残ったのは、また君か。の人(頁作さん)。私はこの方のハンドルネームがどうしても読めず、また君か。ファンの女子に「がんさくさんじゃない?」と教わったことがあったので以来「がんさくさん」と読んでいたんだけど、間違いだったらしい。にも関わらず眉一つ動かさずに応対して下さっていたことに驚いた(呼び方間違えてすいませんでした)。kanoseさんに「その呼び方違うよ」と言われ、正しいお名前を教わったんだけど、また忘れている予感。「てんさくさん」で良かったと思う。(matakimikaさん、と今回は表記することに)
 
 matakimikaさんとのお喋りは、通じ合うも通じ合わないも、了解も誤解も速度が速いなぁと感じた。同意も反論も補足もやたらテンポが速い、RTSのような慌ただしさ。matakimikaさんの回答が予測に近い答えだったかと思ったら次の瞬間には完全に意表をつかれたり、波瀾万丈の展開。一手あたり二秒程度の打ち方にも関わらず、ズレずに淀みなく会話が流れていくのは、matakimikaさん側の(コミュニケーションに関する)索敵技術と、駒の選び具合の的確さに由来するものか。「うまい返し方だよなぁ、いやなとこで87式短SAMをバッチリ繰り出してくるな〜」と感動する事が多かった。なんというか、能動→受動と受動→能動 の波が往復する感じが、会話の主体のどちらかに(比較的)ワンサイドに制御されているというより、適度に真ん中付近でシーソーしている感覚がいい。膠着状態の戦線で丁々発止、と形容すればいいのだろうか。
 
 ある種のコミュニケーションにおいては、「ああ、ここは退いておこう」って思ったり「ああ、ここは突っ込むところだな」みたいな八百長的な何か(または予定調和的な何か・空気嫁な何か)を感じる事があるけれども、そういう意図的な戦場コントロールor政治的遠慮を考えなくてもいいや的な感じが気楽だった。ハンドアックスが頭に刺さっても笑っていられそうな会話。上手く噛み合っていたのか、それともmatakimikaさんが早期警戒機だのOTHレーダーだのソナーだのを駆使しながらこちらの気付かない範囲で戦場をクレバーかつステルスにコントロールしてくれた結果としてのものなのか。前者だと思いたいが、後者でも、それはそれで構わないかもしれない。(ただ後者だと、なんか相手の能力におんぶにだっこ的な申し訳なさはあるけれども)
 
 ともあれ、とにかくコミュニケーションのなかで私は八百長しようとか空気読もうとか考えずに済んだ。喋りたい事を喋り、突っ込まれておろおろしそうな事を突っ込まれておろおろした。これはとても気持ちよくて、なおかつ双方の相似と相違の輪郭をくっきりさせるうえで手っ取り早くていい。まるでmatakimika@d.hatenaの書き言葉を話し言葉にしたようなコミュニケーションだった。そういう話題で、そういう会話が出来るというのは、有り難いことだった。
 
【matakimikaさんのノンバーバルコミュニケーションの印象】
 さあ、憧れのあの人情報をまとめちゃったり。うふふストーキングストーキング。
 
・表情の変化や姿勢の変化なんかが、補助的な情報としてとても参考になった。首をかしげたりとか、そういうの。意図的なものなのかそうでないのかは不明だが、言語だけに頼ったコミュニケーションよりも分かりいいのは間違いない。一方、口の周りの筋肉など、表情筋の動きに関しては、身振りに比べてあまり動きが観察されず。この、顔面表情筋の作動範囲の狭さを補完する為に身振りが発達した可能性は?ただし、笑った時は例外で、ちょっと皺のあるチャーミングな表情になるので、さらなる観察と検討が必要。
 
・声音の変化に関してもトーンのバリエーション変化がはっきりしていて、言語情報に載っかったコンテキストなり何なりを鮮明にしてくれている印象があった。(これは姿勢の変化に関しても言えるが)もしかしたらそのトーンが言語情報と相反することもあるかもしれないけれども、そういう二律背反な情報の提示はあまりみられなかった。

 声のオクターブ変化レンジ自体はやはり狭い。でも、低い男性的な声音域がいい。声の範囲が広ければいいってもんでもないし。狭い範囲だとしても変化が的確なものと感じられる限りにおいては十分functionalなわけで、この方の声もまた、そのようなものとして捉えられた。
 
・服装。そうだこれこそオタクスタイルじゃないか?!余計な情報が少なく、機能性の高い服装。昨今では、それ自体がオタク服として一定の記号化がされているかもしれない恰好だが、matakimikaさんは恰好良い。これは、彼が私よりも身長が高いせいなのか、会話による後光効果なのか、はてさて。ヴェネチアのガラス職人がマリオみたいな恰好していても恰好良いのと同様に、カメラマンみたいなベスト(だったと思う)を着こなすmatakimikaさんの恰好は恐ろしくしっくりきていた。これがオタクが能動的に発信するファッションの種にならないかとか、小一時間考えたり。能動的なオタクスタイルの発信には、やはり機能性が全面に押し出されると思うけれども、職人的オタでなければ似合わないかもしれないなぁ。ガラス職人のマリオみたいな恰好も、あの人達が着ていて仕事しているからサマになるわけで、ストイックなオタでない人が「機能的オタクファッション提示」をやってどこまで恰好良いかは予断を許さない。しかし、この方向でオタクの自己主張なファッションを考え続けてみると面白いかもしれない。matakimikaさんの写真集を誰かつくってくれたら(そんな日は来ないと思う)是非オタクファッション考察の材料にしたいところ。
 
 
 こうした、言語レベル以外のコミュニケーションに関連した要素が、どのような影響(バイアス、あるいはエフェクト)を私に与えていたのか、逆に言語レベルの要素がこれらの非言語レベルの情報にどのような影響を与えていたのか色々考えると、(迷いの森に首を突っ込むことも込みで)何かが得られるかもしれない。matakimikaさんのコミュニケーションのありよう、対人適応のありようについて今後も考えたり追いかけたりしていこう。
 
 【配慮】
 matakimikaさんに迷惑かけないように配慮しなければならないにせよ、その配慮の置き所は通常型の「空気読み読みちょっと八百長コミュニケーション」と微妙に違ったような気がする。礼節を守るとか、そういう当たり前の事は当然の前提としても。がっつりがっちり、精一杯お話するのがmatakimikaさんと相対するにあたって適っているような気がしたが、そういうのって、かなり限られた話題について限られた相手と限られた場面でお話する時しか起こりえない、なかなか幸運な事のように感じた。この辺り、オフ会という場でmatakimikaさんとまだお会いした回数も少ないので、分からない。次回お会いする際、私は「目の前の人への配慮」をどうせ自動的自律的に制御するんだろうけれど、自分がmatakimikaさんとの会話のなかでどのような点に配慮していたのか*1レトロスペクティブに観察してみたいところだ。私がどんな「配慮」をしていたのか、あるいはいかに「配慮しないで」コミュニケーションを堪能していたのかを通して、matakimikaさんのコミュニケーションなり対人適応なりを推測してみたら勉強になりそう。
 
 こんなシロクマでも宜しければ、またいつか是非お会いさせて下さい。いつかどこかで、ご縁がある事を祈っています。楽しい時間を、ありがとうございました。
 

*1:配慮しないことが最大の配慮になる場合もあるかもしれない