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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

エルメスを「あてがわれただけ」ではオタ達の葛藤はなくならない

脱オタ

 
 いつかコメントしようと思っていたのにほっちらかしていた記事に、時期はずれのコメントを。
 
2006-07-11 - REVの日記 @はてな
 

オタク*1から、マンガアニメPC、オタグッズを捨てさせれば解決するか?なかなかそうはいかないだろうな。エルメスでも与えておければ、概ね問題は解決するけど、それこそパンが無ければケーキを食べろのアントワネット問答で、エルメスの不在こそが問題の源泉っぽいし。

 
 果たして、エルメスでも与えておけばオタク達の『問題』は解決するのだろうか?例えば『汎用適応技術研究』で問題とする、侮蔑されやすいオタクとはで触れられているような部類に入るオタクとか、劣等感問題・自意識問題を抱えたオタクとか。
 
 私は、エルメスが空から降ってきただけでは駄目なんじゃないかな、と思う。空からエルメスが降ってきて、いわゆるお付き合いのひとつやふたつしてみたり、キスだのセックスだのしてみたりすれば『補完』されるかというと、そうではないだろう。ただ空から降ってきたエルメスと飯食ってヤっただけでは、オタク個人として抱え込まれた劣等感や自意識の問題はあまり解決しないんじゃないかな、と。エルメスが(多分ナルシスチックな陶酔を求めて)手をさしのべ、ただオタクがそれにしがみつくだけの関係は、性的快楽こそ得られるかもしれないが、コンプレックスなり自分自身の問題なりの改善に至るとは思えない。“素人童貞じゃなくなった”程度の意味合いはあるかもしれないが、まるでエルメスに「飼われる」ような状況と心性を彼個人が脱却しない限り、自分自身が劣等なんじゃないかという疑心暗鬼や自意識問題を解決しきれないだろう*1。もし、そのままの状態が持続した場合、エルメス側もジャンヌダルクごっこに嫌気が指してしまうだろうし、「飼っていただいている」という気持ちを抱えたオタク当人も辛くなり...じきに別れてしまうんじゃないかな。
 

 確かにエルメスのような存在は、劣等感問題を抱えた侮蔑されがちなオタクの問題解決(または広義の脱オタ)に重要な存在だとは思う。脱オタ症例検討(汎適所属)においても、異性の存在の大きさは際だっている。だけど真に脱オタ完了するためには、またはオタクとしての劣等感をエルメス経由で解決する場合には、ただエルメスが空から降ってきて「飼っていただく」だけでは駄目なのだ。それじゃあ所詮、エロゲーを現実でなぞろうとしてやっぱり無理が生じて起こるようなカタストロフィをひとつ増やすだけにとどまってしまう。エルメスは、無限の慈悲と愛と妄想力をキープ出来るような、架空の萌えキャラとは違うんだし。
 
 もし、エルメス経由で脱オタするんだとしたら、ただ飼われるだけでは劣等感を克服することは困難だろうし、交際にあたっても後ろめたさを脱却することはできない。だったらどうする事が望ましいのか?「飼われるだけ」の存在を超えれば良いんじゃないかな、と私は考えている。実際、脱オタにそこそこうまくいった人達は、ただエルメスに飼われるだけの関係を超えていると思う。最初は女性に手を差し伸べて貰う部分が大きいとしても、そこに留まらず、交際を維持できるような関係を構築したり、対等の関係まで自分自身を持っていったり出来たからこそ、彼らは脱オタに成功したんじゃないのかな?エルメスのような女性と出会うだけで、ただ飼われているだけだとしたら、彼らは自分自身の心的コンプレックスを克服できたのかな?いいや、無理だろう。そんな関係じゃあ異性が苦手で受動的な典型的なオタクコンプレックスを克服できず、一時の夢に溺れてハイオシマイだったんじゃないかな。
 
 エルメスをあてがわれただけじゃ、社会適応やコミュニケーションの偏倚のあるオタクがしばしば抱えている諸問題はきっと解決されないと結論づけよう。当人によるプラスαが必要だ。最低でも、エルメスに追いつき対等に交際できるに足るだけの関係を構築しなければとても無理だ。“飼い犬とご主人様”の関係をエルメスと続けたとて、それはエロゲー的展開かもしれないがリアルでは関係が長続きするとは思えないし、それで異性やコミュニケーションにまつわるコンプレックスと技術的問題を解決できるとも思えない。エルメスが空から降ってくるだけじゃ駄目なのだ。異性とあくまで対等に渡り合えるような克服と、経験の蓄積が(エルメス経由の)脱オタには必須に違いないことを、改めて確認しておこう。
 

*1:そして、その劣等感や自意識の問題は、おそらくリアル状況ではエルメスに対して向けられることになるのだ。