シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

筐体占有問題によって怒りを買ってそうなエグゼリカ

 
 エグゼリカに関するいろいろなネット上の反応をみていると、やはりスクール水着に言及するものが多いようだ。特に秋葉原の名門ゲームセンター・HEYにスクール水着のオブジェが飾られるようになったなど、「あらあらまぁまぁ」な記事も多い。
 
 しかし、批判的な記事や苛立ちを表明する記事も決して少なくない。それも、作品の質そのものが悪いからとかエロいからいうよりも「俺の好きな○○が無くなってロリゲーに変わってしまった。俺の○○を返せ〜!」といった声である。
 

 例えばこちらのhebiyanさんのここはいつでもグダグダだ - へびやんず・でぃすとうてぃど・だいありぃこの記事などが典型的だろうか。打ち込んでいるゲームや攻略真っ最中のゲームが、エグゼリカに入れ替わってしまった無念さが伝わってくる。エグゼリカのゲーム性の良し悪し以前に、エグゼリカの入荷によって攻略中の斑鳩(言うまでも無く斑鳩はシューティング界隈では一流の傑作である)が無くなってしまった事がここではエグゼリカ憎しという思いに繋がっている。
 

 こういう「筐体占有問題」が、個々のシューターがゲームを評価する際に大きな個人的バイアスとなってくる点が面白い。家庭用ゲームの評価の場合、Aという傑作ゲームの後にBという佳作ゲームが入ってきたとて、Bというゲームの評価が下がる度合いはそれほどでもない。なぜなら、Bという後発ゲームが入ってきたからといってAというゲームがプレイ不能になるわけではないからだ。しかし、アーケードゲームの場合は違う。ゲーセン筐体が限られているため、Bという佳作ゲームが後から入ってきた時にはAという傑作ゲームはしばしば撤去されてしまうのである。貧困に喘ぐアーケードシューティングゲーム界においては、新作がお店に入るということは、過去の作品がひとつプレイ不能になることと引替えという事を意味する。駄作の後の佳作ならば誰も文句は言わないが、傑作の後の佳作の場合、「よくも面白かった○○をなくしやがったな!」という個人的な苛立ちが後発作品にぶつけられやすい。件のhebiyanさんの場合もそうだろう。斑鳩を攻略中にエグゼリカに筐体を持っていかれた無念さは、理解するに余りある。しかも、斑鳩は硬派極まりないシューティングで、エグゼリカはロリでスクール水着な軟派ゲーである。もし私がhebiyanさんの立場だったら、ブチきれてると思う。
 
 エグゼリカはおそらく、佳作の域に到達しているシューティングゲームだとは思う。だが、エグゼリカによって押しのけられた過去のゲーム達は、おそらく「エスプガルーダ2」「式神の城3」などなど、相当に手ごわく愛されたゲームである可能性が高く、こうした「よくも俺の好きな○○を除け者にしてくれたなぁ!」的な怒りを買っていると推測される。しかも、グラフィックがやたらとロリエロくて、普段シューティングをやらない層が筐体にへばりついているとくれば、怒りもいや増すというものである。硬派を自認しカルシウムが不足気味のシューターが、全国各地で苛立っている姿が想像される。家庭用なら買わずに済んだ怒りを、ゲーセン特有の「筐体占有問題」によっておそらくは買いまくっているであろう、気の毒なエグゼリカ。ゲームの出来自体は決して悪くないので、皆さんかわいがってあげましょう。
 

※追記:よく考えたら、斑鳩とエグゼリカはNAOMI基板で互換性が高い仕様だったらしく、斑鳩を書き換えての導入が極めて容易だったとのこと。ということは、斑鳩はエグゼリカ導入に際して真っ先に消されそうな先行ゲームだった可能性が高い。全国の斑鳩がエグゼリカによって消えたとすれば、これはもう、斑鳩ファン(概ね彼らは硬派である)の激怒を招きそうな事態だ。ゲームの出不出来以外の所で断罪されてそう。輪をかけて気の毒なゲームだなぁ...。