シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

千本には二百本足りなかった、けど…。

 
お前、ゲーム1000本クリアしたか - GAME NEVER SLEEPS
 
 このテキストに触発されて、「身調べ」してみることにした。自分自身がゲーム偏倚型オタクとして歩んできた道を、触ったことのあるゲームを書き出して思い出してみようっていう企てだ。流石に1000本クリアなんて無理だろうけど、1000本プレイ*1ぐらいは自分でもやっているかもしれない。いざ書き出してみると、一つ一つのゲームの名前に思い出が詰まっていることに気付く。ゲームの名前を思い出すたびに、自分がゲームオタクとして醸成してきたプロセスの一ページ一ページに触れるようで、なんだか胸が熱くなった。そうか、俺はゲームが大好きで、ゲームって俺の青春そのものだったんだな。ゲームウォッチ、ファミコン、メガドライブ、そしてアーケードシューティングゲームetc…。ひとつのタイトルを思い出すたびに、複数個のシーンが視覚的に思い出され、当時考えていたことや当時付き合っていた人達の事を思い出すことが出来た。
 
 結局、4/18PM9:00現在、私は720本より若干多い程度のゲームと付き合ったことが判明した。まだPC部門とコンシューマ部門に未集計が残るだけど、多分800本前後の総本数がカウントされることになるだろう。私の場合、本数のうち400本以上をアーケードシューティングゲームとファミコンが占めているので、残り200本を摂取するにはかなりの時間がかかるだろう。だけど、「遊んだ数が少ない」「オタクとして薄い」と嘆くのはよしておこう。これまでのゲーオタ半生、自分なりに精一杯楽しんできたつもりだし、数をこなそうと無理をしていれば、Civilization3の同人シナリオ翻訳/制作といった深く長い付き合いが困難だったことだろう。俺なりにゲームと付き合って八百本だった、そういう事だ。いざ数えてみた時、この数を過大評価することも過小評価することも出来なくなってしまった。他人にとっては「八百本も」「八百本しか」という数に目がいくかもしれないが、私にとってはそれら全部に記憶が詰まっていて、数字に還元するのが思ったよりも困難だった。八百個のゲーム名に付随した濃淡の記憶の数々は、誰が何と言おうとも俺にとって大切な宝物だ。そしてこれからも、記憶と(オタク的)skill&knowledgeを可能な限り溜め込み続けるのだろう。
 

*1:一回だけではなくて、ゲームの仕組みや操作性について体感する程度には触ったぐらいを1種類プレイと考えて