シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

そこの脱オタ君、普通普通って喚いてないで相手を視ようよ

 
「普通に普通に」、とか「一般人一般人」とオタク達や脱オタ志望者達は言う。
 
 普通の趣味。
 普通のファッション。
 普通の価値観。
 普通の人間関係。
 
 こういう表現をよく聞くわけだけど、その「普通」が何なのかについては言及されなかったり、わからないままになっていたりすることが多い。ねぇ、普通って何だろうね?私もわからないままなんだけど。
 
 しかし、さしあたってコミュニケーションにおいて必要なのは「普通か否か」や「一般人か否か」のほうではない。考えたってわかりっこない「普通か否か」なんてテーマは、当人の自意識や劣等感にまつわる問題に過ぎず、実際のコミュニケーションシーンで問われる命題ではない。実地に必要で、ウンウン頭を悩ませなければならないのは、
 
 対象とのコミュニケーションに差し支えない趣味。
 対象とのコミュニケーションに差し支えないファッション。
 対象とのコミュニケーションに差し支えない価値観。
 対象とのコミュニケーションが出来ていること。
 
 であって、これさえ出来るなら普通だろうがアブノーマルだろうが実際は構わなかったりするのだ。しかも、まずい趣味やまずい価値観は、必要に応じて隠したっていいわけで。普通普通という前に、まず目の前のコミュニケーション対象がどんな人で(そもそもコミュニケーションが要請される相手か否かも含めて)、どんなものを欲しがりそうでどんなものを嫌うのか、様々な角度から検討したうえでコミュニケーションを構築していくってもんだよなぁ。普通普通と頭の中で連呼しているだけで、目の前のコミュニケーション対象に合わせた対応を考えない人は、その人が「普通」という言葉に託しているところのコミュニケーション円滑化をいつまでも達成できないことだろう。真に問題になるのは、「普通」に自分が該当するか否かではなく、目の前の相手と円滑な会話が可能か否かなんだから。
 
 まぁ、自分達は普通じゃないんだからとけ込まなくてもいい、という免罪符が欲しくて「普通普通」「一般人一般人」と連呼している人達はそのまんまでいいだろう。これからも自分が「普通じゃない」「逸般人」である事を強調してくださいね☆