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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

脱オタ五カ年計画(6)五年目以降

 
 四年目の破綻から回復した後、私はこれまでの脱オタストラテジーを変更した。際限の無い人付き合いや趣味拡張が精神の破綻をもたらす事を考慮し、リソース振り分けを見直した。脱オタ開始時に強く念じていた「劣等感」や「対人関係の苦手意識」が消滅した以上、もはや過剰なファッションも過剰な人付き合いも不要に違いない。そう判断し、ファッションへのリソース振り分けを減少させた。人付き合いの無秩序な拡大も禁止し、むしろ新規に付き合う相手は厳しく評価し制限する方式にした。脱オタを開始した頃、人からの評価に敏感だったあの頃には、自分がまさかこのような振る舞いをするとは思っていなかった。無論、これは傲慢極まりない処世術には違いなかったが、既存の友人関係と自分自身の中枢神経を守りながら人脈を形成するには、他に方法は無いと判断した。
 
 そのうえ私は他人からの評価に再び無頓着になっていった。「等身大の自分・普段の自分を評価してくれない相手とは、どのみち長期に渡って安定した関係を構築する事は出来ない」。だったら、一発勝負のオフ会などを除けば自分自身は自然体でいたほうが良さそうだと考えるようになった。自然体で無理の無い自分で過ごせば、私を疎む人を遠ざける事が出来るし、それでも近づいてくれる人だけを選んで交際すればいい。しかもこのやり方は、精神エネルギーも節約出来て一石二鳥である。非言語コミュニケーション、特に目や感情を用いたコミュニケーションもなるべく控えるようにした。「汎用適応技術を習得しつつも、その使用は最小限に抑えよう」。いかにエネルギー損耗を避けながら人の間で生きていくののか?こんな命題は、脱オタをやる前には絶対に考えつかないものだった。改めて過去を回想している今現在、心境の変化に我がことながら驚いている。
 
 一方で、オタク趣味への回帰が強力に推進された。脱オタ四年目において生きる糧となったシビライゼーション3は勿論、オタク界隈を知るうえで重要と思われる作品は出来る限り触ってみるように努力した(ラグナロクオンラインやひぐらしのなく頃に、など)。シューティングゲームも復興が進み、虫姫さまを皮切りに攻略が再開された*1
 
 かつて脱オタ前の私は、オタク趣味を「他に選びようがないから仕方なく」選択し、消極的に消費していた。だが今は違う。数ある幾つもの文化活動のなかから能動的にオタク趣味を選択し、リソースを投入してオタクとしての矜持と性能を維持する事に喜びを感じている。自分がオタクだという事への後ろめたさも無くなったし、オタクを人間として劣っていると考える事も無くなった。脱オタという一見大きな迂回経路をとったにも関わらず、五年後の私は今まで以上にオタクコンテンツ・オタク界隈・オタク仲間をかけがえなく思うようになっていた。他の文化と比べた時、確かにオタク文化は差異化ゲームに用いられるほどの文化蓄積が未だ為されていないと思う。だけど、私はやっぱりオタクだし、その文化や作法を嫌いになる事は出来ないようである。この日本独自の文化と、死ぬまで向き合っていこうと思う。
 
 こうして2005年9月、私の脱オタ五カ年計画は終了した。服飾、思想、リソース、非言語コミュニケーション、自尊心etc…。五年間で全てが刷新され、全てが強化された。対人関係も、コミュニケーションスキル/スペックも、文化資本も、五年前よりはずっと幅広くなり、さらに省エネ志向が加わって安定性が高まった。そしてオタク趣味はしっかりと温存され、むしろ強化されつつある。脱オタ五カ年計画時に期待していた目標は、ほぼ達成された。「ああ、五年間命を削って頑張って良かった」「失敗しても失敗しても諦めなくて良かった」と私は何度も回想する。この五カ年計画の成功は私にとって大きな自信に繋がったと思う。「どんなに頑張っても駄目」などという言葉は、私の辞書にはもう載っていない。代わりに「最低五年間取り組んでも駄目だと証明されたら、流石に駄目だろう」と私の辞書には書いてある。この辞書は門外不出だが、今後も私自身の適応戦略に大きな影響を与え続けることだろう。
 
 しかし一連のプロセスのなかで、人に選ばれるか否かに汲々としていた筈のシロクマは、人を評価し選ぶような怪物に変化してしまったのは否めない。この変化によって失ったものも多い。純真な心(勿論、自分自身でそう思いたかっただけなのだが)は期待値や統計的傾向によって自動演算される適応マシンに置き換わり、生き残る為なら何でもやりかねない擦れた人間になってしまった。そのうえ一度壊した脳はまた壊れやすくなるため、私は自分の生活に一定の制限を加えなければならなくなってしまった。自分自身の生活や器を考慮し、私は医学博士の取得を諦める事にした*2。こうした副作用も被った私だが、後悔などはしていない。脱オタ五カ年計画は辛かったし失ったものも大きかったが、人生のなかで最も充実した、最も必死な、最も豊かなモノを獲得出来た五年間だったに違いないのだから。
 
 最後にこの場を借りて、あの脱オタ五カ年計画に私を支えてくれた全ての人とオタクコンテンツに深い感謝の意を捧げたい。特に、X女史には。私は頑張ってなりたい自分に近づきましたが、それは皆さんのお陰様によるものです。当時から付き合いのあった皆さん、本当にありがとうございます。
 

*1:虫姫さまマニアックを独力でクリアした時の喜びは半端なものじゃなかった。ああ、また俺はSTGがプレイ出来るんだ、まだSTGを諦めなくていいんだ、って感じで。

*2:その代わり、オタク界隈に誰よりも詳しい第三世代オタク精神科医を目指す事を御仏に誓ったのだが