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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

脱オタ五カ年計画(2)初年

 
 怖い思いをしながら、何でもやった。レジデントとしての少ない給与も使い果たすつもりだった。時間が惜しかった。オタク仲間と疎遠になってでも、やりたかった。
 
・本当に怖いと思いながらパルコに行った。怖いテナントを避けてたどり着いた、とあるテナントが唯一落ち着ける最初の購入拠点となった。そこで冷汗を流しながらシャツを買い、ズボンも買った。2004年には典型的脱オタ服になってしまっているような、“COMME CA DU MODEっぽい黒いシャツをさらに安そうにしたような奴”とか、真っ赤なだけのTシャツ(しかも色合いや生地は検討されてない)を買ったりしていた。だけど緊張しながら店を回ってアイテムを手に入れた時は、本当に嬉しかった。無印やユニクロにも行った。当時の私には、それらのアイテムは十分に見栄えのするものだった。よく、「脱オタすることは丸井の店員に馬鹿にされに行くこと」という人がいるが、私は馬鹿にされる屈辱よりも、馬鹿にされつつも自分が目指す商品をゲットして持ち帰った事に大きな喜びを感じていた。よし、またダンジョンから生きて帰ってきたぞ、ってな具合で。
 
・美容院に行ってみた。髪も染めてみた。まるで自分じゃなくなった。「よし、これで生まれ変わった気持ちでいこう!」実際そんなに格好良くなったわけじゃないにしても、気分転換として重要な役割を担ってくれた。感謝してもし足りない。
 
・オタク文化へのリソースを激減させて、聞きたくなかった音楽を聴きまくった。浜崎あゆみ、ミスターチルドレン、スピッツ...。しかしたちまちそれらに夢中になる。なんだ、ZUNTATAもいいけどこういうのも素敵じゃないかと思ってびっくりしたことを覚えている。と同時に、いかに自分がオタクの井のなかの蛙だったのかを思い知らされた。ただし、それらの音楽を差異化のゲームとして用いようとは思わなかった(今思えば幸いな事に)。せいぜい、オタクじゃない人と話を合わせる際の一般教養としてそれらを摂取した。
 
・非オタク系統の文化吸収のため、地元の雑誌を買いまくって飲み屋や食い物屋を巡る。恥をかいても構わないから巡り歩いた。結果、今でも贔屓のバーに出会う事が出来た。初めての頃は本当に無様なことをした。知らない客から失笑を浴びることもあった。でも、様々な店を発掘し様々な店員と会話をした。店員さん達の多くは、(私のコンプレックスを知ってか知らずか)とても優しく、少なくともそういうサービスの店舗だけが私の脳内ブックマークに登録された。時に屈辱的な思いをしたこともあったが、「いつか連中を超えてやる!」と呪詛のように繰り返して明日の力にした。負けて、馬鹿にされて、見下されて、だけどいつか連中を超えるパワーをつけてやる!と日夜猛り狂っていた。臨床も重要だった。臨床はコミュニケーションスキルを練磨する最高の機会と理論を与えてくれた。毎日仕事と研究と学習に打ち込んだ。それが自分の野心にも寄与すると信じて。