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シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

エロゲーの世界における、リストカッター栄枯盛衰

オタク趣味

 
 二次元美少女ゲームにみられる自傷行為の変遷と、現代社会病理の関係を適当に喋ろうと思って「リストカットするヒロイン」を検索してみた。検索先は、いつもお世話になっている旧恋愛ゲームZEROことRagnaさんとこである。
 
Ragna Archives Network(クリック先は、検索文字リストカッターによる結果。)
 Ragnaに登録されている4040人中、18人がリストカッターだった。約0.5%がリストカッターだという計算になる。次に、彼女達がリリースされた年代を追ってみよう。*1
 

  • 1997年(1名)

キャラウェイ=ゴールデンロッド:ネクストキング恋の千年王国

  • 1998年(1名)

初音 みづほ:ファーストKiss☆物語II〜あなたがいるから〜

  • 1999年(3名)

美坂 栞:Kanon
倉田 佐祐理:Kanon
冬月 あや:リトルラバーズシーソーゲーム

  • 2000年(1名)

霧島 佳乃:Air

  • 2001年(2名)

朝日奈 小冬:笑わないエリカ
姫宮 命:雪蛍-ゆきほたる-

  • 2002年(1名)

杉本 千影:innocent world

  • 2003年(6名)

桐原 冬子:CROSS † CHANNEL
宮澄 見里:CROSS † CHANNEL
榊 しのぶ:天使のいない12月
須磨寺 雪緒:天使のいない12月
水上 鏡:My Merry Maybe
氷室涼子:My Merry Maybe

  • 2004年(3名)

吾妻 梨花:3days-満ちてゆく刻の彼方で-
桜木 茜:LostLife
鹿島 美優:LostLife

 
 うは、俺の思惑と全然違う結果だw
私としては、精神科・心療内科界隈で自傷行為が後退しつつあること*2、自傷を通して“癒しや悲劇的ヒロイズム”を表出しようとするメンヘル女性が減少している影響を受けて、リストカッターヒロインは減少するような結果になると思っていたのだが…そうではないらしい。エロゲーリリース数やRagnaに登録されているキャラクターの人数、リストカッター達の細かなプロフィールまでは拾えないなど、この調査にはそれなりに限界もあるのだが、リストカッターという括りのなかでは、むしろ増えているようにさえみえる。特に2003年はリストカットヒロインの大豊作の年で、その筋のオタクさんにはたまらなかったことだろう。
 
 さて、この現象をどう捉えるのか?
 霧島佳乃のような、解離まで起こすほどの病理性が、2003年や2004年のリストカッターヒロインにおいても描写されているのかは(私自身でプレイしてないので)不明ではある。だが、もしそうだとすれば、現実の女性リストカッター達の趨勢とは異なった増減をみているということになる。現代社会病理におけるリストカットは既に旬を過ぎているというか、少なくとも“文化的に格好のつく行動”ではなくなっているし、(例えばエヴァンゲリオン放送時に流行ったような)内面なるものへの過剰な掘り下げが流行を過ぎたせいか、臨床現場で少なくなってきている*3。リストカットやODが“ブーム”だったのは、おそらくにしても20世紀末の話であって、もし現代病理がダイレクトにキャラクターに析出するとするなら、2000年前後にピークがあるものだと思っていたのだが…そうではなかったらしい。
 
 では、現実のメンヘル状況とリストカッターヒロインのピーク差があるのは何故だろうか?

 ひとつには、単純に制作側の都合や企画の時期によるものがあるかもしれない。リストカッターなヒロインを市場に投入しようと思った場合、シナリオづくりその他スケジュールを考えると発売日よりもずっと早く彼女達の「属性」は決定づけられていたと推測される。よって、彼女達がリリースされた年と制作者がリストカッターを企画した年にギャップがあるのは致し方なく、上の年表もその影響を受けているに違いない。しかし、2000年のAirなどはともかく、2003年や2004年の作品群がリストカットが“ブーム”だった2000年以前に企画されたとはちょっと考えにくく、もう少し後の時代において「この属性を入れよう!」と決定されたに違いない。この理由だけでは、2003年・2004年のリストカッター豊作は説明しにくい。

 もうひとつ考えられる要素としては…消費者たるオタク側のほうに、リストカットに代表される自傷・メンヘル・トラウマ系に対する一定のニーズがあったのかもしれない。昔から、萌えオタ達の間では病弱娘へのニーズがあったわけだが、リストカットから連想される儚さ・悲劇性*4は、萌えオタ達のハートを掴むために便利な記号(属性)だったのかもしれず、栞達によって“この新しい萌え記号への欲望が喚起”されたのかもしれない。少なくともKanonの栞やAirの佳乃においては、彼女達の儚さやリストカットが、ストーリーを盛り上げるうえで無視できない記号として活躍していたように記憶している。幸い、現実のリストカットの持つドロドロっぷりは美少女恋愛ゲームや脳内補完に際しては無視することができるし、リストカットの病理性云々も、そこで忖度する必要はない。リストカッターヒロイン達におけるリストカット属性は、同じく萌え属性である猫耳とかツンデレと等価なものに過ぎず、プレイヤーは(現実のそれとは異なり)リストカッター達に振り回される事も疲労困憊することもなく、安んじて萌えることが出来る。KanonやAirの頃に味をしめた萌えオタ達、特に“泣き落とし”に弱いオタク達を狙って各メーカーがリストカッターを投入した可能性は、あるかもしれない。
 あと、忘れてはならないのは、偶然そうなっただけ、という可能性である。偶々2003年2004年に重なった可能性は否定できない。今回の悪戯調査は、サンプル数も少なく入力者もバラバラなので、偶然こうなっただけなのかもしれない。まぁそんな事言い始めたらきりがないんだけど。
 
 以上のように、私の目論見は見事に外れてしまったわけである。現実におけるリストカット女性達の状況や社会病理と、エロゲー界隈のリストカッターヒロインにはブームの時期に乖離がみられている。この原因としては、制作時期の問題、オタク側からの需要、「萌えにおいてはリストカットが愛玩の対象にはなっても厄介事の種になり得ない」事、偶然、などが考えられるが、とにかくも興味深い乖離だとは思う。今後も、Ragnaで時々調査してみよう。気になる。
 
関連:楽天が運営するポータルサイト : 【インフォシーク】Infoseek
多謝:Ragna Archives Network
リアル世界におけるリストカットについては、‹«ŠE—á‚ÌŽü•ÓÇó|ƒŠƒXƒgƒJƒbƒgiŽèŽñŽ©ÇŒóŒQjあたりが参考になるか?しかしこれじゃあ、萌えられないよね。美少女恋愛ゲームのリストカットは、リストカットの毒素を取り除いて徹底的に美化・無害化されているし、リストカッター側の都合や願望が取り除かれているという特徴を持っている。
 

*1:なお、Ragnaのデータは、2006年3月6日現在、2004年のキャラクターまでは十分な入力がされている状態で、2005年は若干少ない標本数となっている。2006年は、まだ入力数が少ない。

*2:いや勿論まだまだいますけどね

*3:しかしこれは単に、精神科医が内面への掘り下げという行為に十分慎重になったからかもしれない。内面を掘り下げるそぶりをみせるやいなや、リストカットする女性はまだまだいる事は否定できない。また、そういった可能性を持った人が大量発生しやすい社会病理はまだ残っているとは思う。とはいえ、心療内科や精神科の外来患者さんのリストカットや大量服薬が現に減少しているのも間違いなさそう。はてさて。

*4:ちなみに一定以上メンタルヘルスに関わった事のある人間は、リストカットから儚さや悲劇性を連想する事はまずあり得ない事を付け加えておこう