シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

正月に衣料品広告を見比べてみた in 2006

 
 実家でやることもないので地方紙を開いてみるが、まともに読むところがない事に愕然とする。その代わり、大量の衣料品広告を発見したので熱心に眺めて色々考えてみることにした。新聞をとっている人にはおなじみでも、新聞を普段とらない人間にはなかなか新鮮な体験だ。特に、ファッションセンターしまむらなどの広告を見るチャンスはそうそうあるものではない。様々な服屋の広告を見比べてみると、それぞれの主張の違いやコンセプトの違いが浮き彫りになってきて実に面白いことに気付く。おやまぁ、新聞や正月番組なんかより断然痴的好奇心を刺激するじゃありませんか!

 

  • ユニクロ(モデル無し)

 新年のご挨拶もそこそこに、「今すぐ着たいアイテムがお買い得価格で登場!」とぶちあげてきている。様々な色合いの単色商品がお買い得価格で並んでいる。しかし流石ユニクロ、少なくともメンズラインに関しては、売り文句に「ファッション」を意識したものは全然みられない。代わりに、「型崩れしない丈夫さが魅力」「保湿性と圧縮回復性」などの機能性をウリにした文句が並ぶ。価格はさすがに安く、買い求めやすさが光る。ただ、ファッションというニュアンスはこの広告には微塵も感じられなかった。
 
商品:プレミアムダウンライトパーカー4990円、クルーネックTシャツ790円、フリースリバーシブルジャケット1290円、など。
  

  • ファッションセンターしまむら(モデル有り)

 広告の冒頭に「ファッショントレンドを提案する」と書かれ、さらに「今年もスタイリッシュなヨーロピアンテイストをお届けします」と提案している事に暫し驚く。ファッションセンターしまむらの広告は、ファッションを意識した煽り文句がかなり多い。ちなみにユニクロと異なり、一つ一つの商品についての解説は付記されてはおらず、そこここに「お洒落」を意識したテキストが散りばめられている格好である。ユニクロに比べると、単色以外の服が目立ち、若い人向けデザインの服が印刷されている。確かにファッションを意識しているということだろうか。おお、花柄シャツを発見!2、3年前の丸井で流行した花柄シャツは、地方量販店の雄・しまむらにまで確かに届きましたよ!丸井で数年前に流行したデザインの量販バージョンが国道沿い量販店に波及するという現象は、これまでの調査に合致したものだと感じる。
 
商品:ビンテージ加工デニムストレートパンツ1890円、紳士ダウンジャケット5000円、ファー付き迷彩ジャケット2000円、など。
 

  • 平和堂系列(モデル無し)

 平和堂は滋賀県を中心に関西〜北陸にかけて分布する大規模郊外店だ。こちらの広告は、ブランド色を全面に押し立てた福袋特集を掲載してきた。メンズではBear USA、DUNLOP、EDWIN、COMME CI COMME CAなどの福袋やセット商品が並んでいる。なんか服装メーカーじゃない所や、スポーツっぽいメーカーも混じっているような気がするが…。そういえば、かつて秋葉原を風靡したトレーナーには、しばしば非服飾系メーカーやスポーツメーカーのロゴがでかでかと書かれていた事を思い出す。これはつまり、かつての古典的なnerd fassionに近いラインナップが、地方系列郊外店にはまだ残っているということだろうか。特にここで私が注目したのは、「これら東京ではアキバ系(でなければ部屋着)として揶揄されそうな商品が、ブランドイメージを全面に押し立てた形で広告掲載されている」ということである。考えようによっては、似非モード系といえるしまむらの服にファッション性が盛り込まれていること以上に驚くべきことなのかもしれない。
 
商品:Championブランド福袋5000円、DUNLOPブランド福袋5000円、Bearブランド福袋10000円、など。

  • ジーンズのJACK(モデル無し)

 JACKはジーンズ系列を主力とした国道沿いの服屋で、中部・北陸・関西に多数の店舗を展開している。ジーンズの評価が高いJACKの広告ともなると、記号としてのファッションを意識した煽り文句がずらりと並んでいて清々しい。いきなり「売り切れ必至のメンズブランド福袋」ときたもんだ。評価の高いジーンズ系の広告が少ない代わりに、dj honda、b one soulといった“ブランド”が、豪華な台詞でデコレートされている。例えばb one soulの解説は「アメリカ西海岸で生まれた『b one soul』は、クラブカルチャーでも人気のブランド!」で、dj hondaの解説は「モード系MAXのクールなアイテム満載!*1」といった具合。首都圏では差異化の記号として難しそうな商品とブランドが、ここまで威勢よく販売されていることには注目しておきたい。また、アキバ系と揶揄されやすいスポーツ然としたラインが多いという点でも平和堂と共通していた。
 
商品:dj honda福袋10500円、BODY GLOVE福袋5000円、プリントロンT690円、など
 
 

  • 総括

 
 以上、各地方量販店の広告を比較検討してみた。ユニクロは“ファッション”というニュアンスを極力除外した形で広告展開している一方、ファッションセンターしまむらなどの地方郊外店はファッション性やブランド性を強調した広告展開を行っている。これらはいずれも東京の若年層ファッションシーンにおいていかにも「下層」と位置づけられそうなラインだが、少なくとも地方においては「ファッション」という文脈で宣伝される余地があるということだろうか。販売側の独りよがりである可能性も否定できないが、揃いも揃って「うちのブランドでクラスのあいつに差をつけなさいよ」と煽っているのを見ると、それらの商品が単なる普段着ではなくファッションという文脈でも購入されていることをやはり疑わざるを得ない。もしそうだとすれば、それらの広告の対象者(メインは若年男性ではなく、おかあさん達のような気がしてならない)に対して「あら、なんだかよくわからないけどお洒落な服なのね?値段も悪くないし、東京の○○(←あなたの名前を入れてください)が喜ぶかしら?」と思わせることが出来るかもしれない。もしこの憶測が当たっているなら、地方出身の首都圏オタク達の服装に関して様々な解釈が可能になりそうに思えるのだ。
 

  • ここからの類推 

 
 今回の調査結果と現在のアキバ系nerd fassionとの共通点、地方出身者の多い首都圏オタク事情、オタクの服飾調達事情などを考え、私は以下の可能性を類推してみた。
 
・首都圏の若年者ファッション競争おいて、「アキバ系」「下位」と位置づけられそうな幾つかの服飾も、然るべき対象・然るべき場所・然るべき階層においてはファッション競争の具として用いられる余地が残っているかもしれない。少なくとも、しまむらなどの商品には、ユニクロのような機能性only以外の何かが混入しており、地方で服を買い続ける男性オタクや、無精な男性オタクに服を提供する母親などに対しては差異化の記号「っぽさ」を失っていないのではないだろうか?ひょっとすると、地方においては実際にそれらの服飾が「ライバル達に差を付ける」「ライバル達と同等に立つ」ための記号としてすら機能しているのかもしれない?*2
 
・首都圏や大都市ではどこで販売しているのか不思議に思ってしまう、いわゆる「古典的なnerd fassion*3」は、地方店舗では堂々と販売されている。オタク服としてやり玉にあがる「でかでかとロゴの入ったトレーナー」「ファッションとは無縁のメーカーの服」等も健在で、あまつさえ「ブランドもの」「格好よいもの」としての宣伝が行われている。秋葉原に一定割合残存する「古典的なnerd fassion」が絶滅しない理由のひとつとして、これらの地方店舗の存在に注目したい。例えば上記の地方店舗でスポーティーな「ブランド」を選択するオタクまたはオタクの母親がいる限り、服選びに無頓着な(地方出身の)オタクがスポーツロゴ入り服を堂々と着用する可能性が残存し続けるのではないだろうか?
 
・大都市のファッション競争と地方のファッション競争にこうした格差が存在する限り、地方で服を調達しながら大都市に住んでいるオタク達は「地方のおかあさん達の首都圏ファッション事情を無視した服選び」の影響を受け続けることになり、つまり大都市/地方のファッション格差をモロに被ることになる。また、地方のおかあさん達は郊外店のマーケティングの影響を受け続けるので、しまむら等の服を着用するオタク達のファッションは、それら郊外店のラインナップ変化と平行して変化すると推測される。なお、この類推は現在のアキバ系ファッションが地方量販店の影響を受けていると疑う先行調査(秋葉原を徘徊するオタクのファッションは変化しているか・2004年報告)の結果とも合致している。
 
・以上から、母親に服装を調達して貰い、唯々諾々と着用している地方出身のオタク達は、大都市においては今後も「オタクっぽい服」「アキバ系」と見下される可能性が高い。自分自身で地方量販店で服を調達している人も、同様のリスクがを負うことになる。
 大都市在住のオタクがこのようなファッション上の地域間格差から逃れるには、都会で格好つけている男性達のファッションを直視したうえで、(地方展開の量販店のファッション競争ではなく)首都圏のファッション競争に即した服飾選択を行わざるを得ない。たとえ大都市のファッション競争が「地方のそれに比較してやたらと金を喰い、面倒で、お高くとまっている」としても、大都市におけるファッション競争で最下位とレッテルづけをされたくないなら、地方出身のオタクといえどそうするしかあるまい。
 
 地方郊外店に売られているような「アキバ系っぽい服」は大都市若年者の間ではダサいとされているわけだが、もしかするとこのダサさは、地方/大都市のファッション競争格差のあらわれのひとつとしても捉えなおせるかもしれない。特に首都圏ではなかなか目につかない古典的なオタク服が田舎では未だに“ファッション”として売り出すことが可能な現象は、地方/大都市のファッション格差がなければ絶対に成立しない。故に、地方のおかあさん達が“ファッション性”を期待しながらそれらを選択してオタクな息子に着用させると、彼はこのファッションの地域間格差の哀れな犠牲者とならざるを得ない(具体的には、アキバ系として見下されるのだ)。

 地方出身のオタク達が“服装による差別”から逃れたいと思う場合、上記の地域間格差を認識したうえで「地方のおかあさんレベル」をまず脱出することから始めなければならないと考える。おかあさん達の目を惹きつけた“スーパーブランド”“ヨーロピアンスタイル”では、今日日の都会で垢抜ける事は非情に困難だ。地方のおかあさん達はその事に気づいていないし、気づく筈もない。だとすれば、あなたが代わりにこの地域間格差に気づかなければならないし、大都市で通じる服装は、あなたが代わりに選択しなければならないということになるだろう。もし、都会のファッション競争でひどい目に遭いたくないのなら、の話だが…*4
 

*1:ちなみにdj hondaは、別の量販店の広告で「常に時代をリードするスーパーブランドDJホンダ!」と書かれていた。dj hondaの福袋(\10500)の中身は、ワンポイントロングT、エステルジャージ、ナイロン中綿ジャケット、ファー付ダウンジャケット、フリース、バンダナ、ブロードシャツ、カラビナ、スウェットクルーの計9点が入っていて65000円相当らしい。

*2:しかし県庁所在地などではそれなりの服とそれなりのファッション競争があるだろうから、ここでいう地方とは、人口20万人以下の市町村で、首都圏や関西圏から遠い地域が該当しそうだ

*3:詳しくはオタクの見た目や服装に関して(汎適所属)の2001年検討なんかはどうでしょうか

*4:ひどい目に遭う事に甘んじる人や、地方に引っ込む人はこの限りではない事に注意。なお、都会のファッション競争のルールは不当で撤廃すべきだと叫ぶ人は、その主張の正当性がどうあれ、叫んだところでルールが撤廃されない事に注意しながら叫んだほうがよいと思われる。つまり、泣いても叫んでも都会のファッション競争は今後も苛烈を極めたままですよ、ということだ。泣いたり叫んだりする目的が単なる鬱憤晴らしであるなら、どうぞ気が済むまで続けましょう。ですが、「変革」を目論むものだとすれば、それはかなりヤバいんじゃないかと思います