シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

 
 僕はシューティングゲームオタクだと思う。大分腕は落ちたけど、少なくとも昔はそうだったはずだ。このオタクニッチから僕は様々な影響を受けていると思うけど、そのなかでも大きかったと思うのは、「知識は単体では無力、それを実践できてはじめて評価される」という考えを身につけさせられたことだ。
 
 シューティングゲーム、あるいはアーケードゲームの世界では、知識だけは詰め込んで自分自身に実践能力の無い「解説君」は全く評価されないか、むしろ嫌悪される。ゲーセンという小さな小さなコミュニティのなかでは、彼は殆ど尊敬を集めることがない。どれだけ多くのゲームの敵パターンを知っていてもそれは意味が無く、ワンコインクリア出来た者が、パターンを実行出来た者が、スコアをはじき出した者が、勇者として遇されるというのがアーケードゲームの世界の不文律だった。
 
 当時、まだアーケードゲームを適応ゲームの材料にしなければならなかった頃の僕は、この不文律を受け止めながら、仲間達と切磋琢磨したものだ。彼らは良きライバルであり、お互いに敬意を払い合う仲間であり、努力を惜しまない者達だった。そして誰もが、それぞれの分野における(その地域の)スペシャリストを自負していたような気がする。
 
 あれから時は流れ、もはやアーケードゲームは私の適応におけるメインウェポンではなくなってしまった*1。だけど、あの頃に植え付けられた「知識は単体では無力、それを実践できてはじめて評価される」という考えは今も消えることがないし、これからも消えないだろう。

*1:つぶしがきかないからねー、ゲームで天狗になってもねぇ