シロクマの屑籠

はてなダイアリーから引っ越してきた、はてな村の精神科医のブログです。

 すごいオフだった。刺激的な、びっくりするような、楽しいオフだった。いつもの私の常として、遠慮もへったくれもない事を言ったりやらかしたりしたと思う。それでも根気よく付き合って下さった皆様、ありがとうございました。多謝多謝。ただ、嘘をつかなかった事だけは良かったと思う。嘘をついてまで好かれようとは思わないので、常にホントに思ってることばっかり連発しました。それで嫌われるなら、自分は嫌われるような自分だと心得てますし、多分あんまりみんなに好かれる僕じゃないと思ってます。こんな大人げない人間ですいません。
 
 沢山の人に出会い、沢山の話をした。おそらく切れるだろうと思っていた人達は、実際にとても切れる人達だと思ったし、そういう人達がやはり自分に正直に生きている事を確認した。あの人達には、己の道を進んで欲しい。そしてその成果を、ちょっとだけでもいいからネット上に公開して分けて欲しい。きっと彼らのことだ、そういう成果を分けてくれるだろう。シロクマはネットの僻地をうろうろする事しか出来ないけど、それでも彼らの成果は僕の耳にまで届いてくれると信じている。今までがそうだったのだから。また、これまで知らなかった人達とのお話もとても魅力的なものだった。オフ会はだからやめられない。自分の認識・思考とネット巡回範囲の狭さを痛感させられたし、それこそが愉しみでもある。性別、年齢、立場、様々なものが異なる人達との会話は常に刺激的だ。本当に楽しく知的な時間を、ありがとうございました。少なくとも、僕にとっては有意義で幸せで知的好奇心を刺激するひとときでした。本当に感謝。>お話して下さった皆さん
 
 
 「個人の適応」という事について、今回のオフ会は様々な材料を提供してくれた。それらは概ね、自分のサイトに書きたいけれどもまとめきれないモヤモヤと、ほぼ合致したものだった。僕の考えている事を大いに補強こそすれ、弱めるものではなかった(まあ、見たいものだけ見るのが人間ですから、私も多分そうでしょう)。少なくとも、明快なNoを呈示した意見はみられなかったし、見られかけた意見に対して疑義を表明した時にすっきりとした反論も得られなかった。
 
 ただし。Kiya2014さん達が仰っていた、「脱オタと完全な二次元満足の二分だけでは、多くの群がこぼれ落ちてしまう(ごめん、こんな風で良かったっけ?)」という主旨の発言が重く心に残った。僕は正直言ってオタク以外の人間がどうなるかに興味をあまり持ち合わせていないが、確かにKiyaさんの言うとおり、脱オタとか電波男とかだけを見ていると、どちらにも入らない(それとも入れない?)大きな群を見落とす事になるだろう。それを取り扱うモチベーションは僕にはあまり無いにしても、確かにその一群はどうなるんだろうなと改めて考えさせられた。…誰か考えてください。僕はそれを黙って読んでます。
 
 
 
 それと、一つだけ疑問が残った。それは、“無理をしているのは、モテ達(というか脱オタ達と僕は捉えた)だけなのだろうか?”ちょっと忘れてしまったが、誰かとの会話のなかで、“モテは無理してるよね”という会話を聴いてしまい、私は思わず問うてしまった。
 
“所謂非モテな人達や、侮蔑されながら消極的に二次元萌えなどと言っているオタク達においても、何らかの無理は存在してないだろうか?”と。
 
 この僕の質問に、あの瞬間は誰も答えてはくれなかった(僕の空気読まない発言のせいかもしれない。ごめん!)。でも、僕はあの瞬間、答えを心から欲していた。誰かに言って貰いたかったのだ、「そんな事は無いよ、無理なんてしてないんだ、脱オタにセコセコ明け暮れてる人達みたいな無理はね」と…。脱オタ者などにみられる無理は、確かに当人の適応にそれなりのひずみを与え得るものだと思う。だけど、それは非モテだとか侮蔑されながら生きているオタク達には存在しない無理なのだろうか?僕は、答えて欲しかった。“脱オタ者と違って、そんなことはないよ”という一言を。それが聞けなかったことだけが心残りだったが、ネット上できっと答えは探せるだろうと信じている。